【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「本気で朱雀様を信じている方にこんな事をいうと怒られそうですが、あえて言いますね。
私、実は朱雀様の巫女さまの立場ではあるんですけど、ここ十年、ほとんど朱雀様のお世話なんかしてませんよ?でも別に特別運が悪くなったとか罰が当たったとかそういうの、ありませんよ?
だから経験から学んだことですけど、景久さんが自分の好みで巫女さまじゃない嫁を貰ってもとくに神罰とかはないと思いますよ。
人様の家の事情に口を挟んで申し訳ないんですけど、景久さん、家よりも個人的な幸福を追求をしたらどうですか。
私はあなたのことをあまり知りませんけど、多分あなたは悪い人じゃなさそうだし、幸せになる権利はあると思うんですよね。
もちろん景久さんが好みの女子との結婚よりも朱雀様のご機嫌を取ることが幸せだというなら別にそのことについてどうこうは言いませんけど。
あ、これおいしい」
私は小鉢で出された先付けに箸をつけた。
もうこの縁談が朱雀さまがらみのお話だとわかった時点でお断りするのは決定事項となった。したがってあとは楽しく食事を済ませるのみである。
「あ、あと私、一応朱雀様の巫女さまですけど神様なんて信じてませんから。
昔、興味本位でお社も開けてみましたけど金属製の鳥の飾りが入ってるだけでしたよ。チェーンをつけたら土産物屋で売ってそうなちゃちな飾りでした」
だから景久さんだって神様なんかに縛られずに個人的な幸福を追求していいと思うのだ。今時神様のしきたりに従って家のために結婚するなんてナンセンスだと思う。
私は久しぶりにいい事を言った自分に満足していた。私は因習にとらわれた不幸な青年を一人、言葉によって救ったのだ、そんな気さえしていた。
「……巫女さまのあなたが地元を離れた時点で、朱雀様のお世話が完璧な形で行われていない、というのは傍目にも明らかですし、当家のほうでも把握はしていました。
東京から毎日ここまで帰って朱雀様のお世話をするのは不可能ですから」
「そうそう、今時神様が結婚を決めるなんておかしいですよ。神罰なんかあるわけないんですから自由に生きていいと思いますよ」
私は頷きながらエビを口に放り込んだ。ウチで食べるエビとは段違いの上品なお味である。
「朱雀様のお世話がおろそかになることによって罰を受けるのは巫女ではありません。巫女の家でもありません。北条家です」
景久さんの言葉に私は箸を止めた。
い、今……何と……?
ちょっと目を上げた私に景久さんは微笑んでみせた。が、それは見せかけだけの微笑みだったようで、彼の目は笑っていない。
「あなたが地元を離れてから、北条家の持つ杉林が枯れはじめました。いまではほとんど残っていません。
美穂さん、あなたは杉が苗から材木になるまで、その成長にどのくらいの年月がかかるかご存知ですか」
「……い、いや……でもそれは……」
「もちろん因果関係を立証することはできませんよ、なんといっても神と人との関係の話ですからね。
だから北条家としてもあなたを責めたり、訴訟を起こしたりということは考えていません。それに、去年までは北条家そのものに当主の妻がいて、巫女さまを務めていましたからね。朱雀様の起こす災厄を彼女の存在が抑えていました。
ですが……今年からはそうは行かない。朱雀様の祭祀のすべてを執り行ってきた兄嫁は亡くなってしまいました」
私は口の中のエビをゴクリと飲み下した。もはやエビの味などしない。
「朱雀様というのは基本的には他の神とは違い、祟り神なのです。
近年、朱雀様の巫女さまが年々減ってゆき、朱雀様の祟りを抑えるべき巫女さまはもうほとんどこの地域にはいません。それでは北条家が困るのです。
一般に知られていることではありませんが、昔から朱雀様の祟りはこの土地の領主であった北条家に向くものであって、他の家には神罰など下りません」
「……」
いやあ、でも朱雀様だよ?祟りだのなんだのって現代の日本でちゃんとした大人の口から聞くことになろうとは思わなかったわ。
世界最高の大学を出たはずの景久さんでも、やっぱり中身は田舎の風習が染み付いているのね。田舎って怖いわー。