【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
私は景久さんのいうオカルトっぽい朱雀様の話が本当だとは思わない。杉林が枯れたのは私が地元を離れたこととは多分関係がないだろう。
もちろん宗教観は人それぞれだ。朱雀様のお世話が行き届かないから杉林が枯れたのだという景久さんの考え方もまたそれはそれでアリなのかもしれない。だって思想信条の自由は憲法で保障されているものね。彼がそれを私に押し付けない限りは彼が頭の中で何を信じていようと彼の勝手だ。
思想信条の自由。憲法で保障されている。宗教観は人それぞれ。現代は個性の時代だもの、ちょっとキツめの宗教観だって個人の個性だわ。たぶんね。
頭ではそうわかってるんだけど、それでもやはり朱雀様が災厄を起こすだのなんだのという、荒唐無稽な話を大真面目にする人を目の前にすると……この人とこれ以上関わっちゃいけない気がする。たぶん彼と私では生きている世界も見えているものも違う。
これは……、『無い』な。
何があってもこの人との結婚は絶対無いわ。
景久さんは容姿も言いし家柄もいい、頭もいいし紳士だけれど、これは『無い』わ。たぶん多くの女性はこの人と話があわないと思う。私も上から目線で夫を選べるような立場ではないが、しかしこれはとても一生添い遂げる気にはなれない。この人、合コンでも普通に神様の話をして女子に引かれるタイプね。
「そ、そうですか。まあ話は分かりました。
で、結婚の話なんですけど、誤解があってはいけないので、まずはじめにはっきりとお断りしておきますね。
お気持ちは嬉しいのですが、私、まだ東京で働きたいし、一生を朱雀様のお世話で終わる気は無いので」
それに変人との結婚もごめんである。
私はまだ突き出ししか出ていないテーブルの上を名残惜しく見つめた。
とってもおいしいお料理だけど、こんな離れでマンツーマンの洗脳が行われるのも怖い。早めに切り上げて帰ったほうがよさそう。
「あー。とってもおいしいお料理なんだけど、なんだかおなかが一杯だわー申し訳ないんですけどお料理は折り詰めにしていただいて、私は後で頂くことにしますねー女将さーん」
カバンをつかんでさっと立ち上がると、私は雪見障子に手をかけた。
景久さんは私のわざとらしいおなかいっぱいアピールに眉をしかめた。
「北条家などどうなってもいい、そういうことですね」
「い、いや……そういうアレじゃないですけど……」
否定しながらも私は彼に指摘するとおりのことを考えていた。
北条家などどうでもいい。あんたら一族はうなるほどの金持ちじゃないの。対する私は無職で貯金もほとんど彼氏に持ち逃げされて貧乏だし実家も貧乏。糊口をしのぐだけで精一杯だ。明日をも知れない庶民が余裕のある金持ちの面倒など見ていられるか。
しかし彼はあきらめなかった。立ち上がって私の側まで歩いてくると、雪見障子にかかった私の手にその手を重ねた。彼の長い指がぎゅっと私の手を握る。
「そう言われることは想定済みです。僕も少し前まで朱雀様信仰など馬鹿馬鹿しいと思っていましたからね」
「じゃあ、私の気持ちもわかるでしょう」
こっちはすごく引いてますよ?ほぼ初対面でいきなり結婚を申し込んでくる段階でまともじゃないとは薄々わかってはいましたが、あなた、完全に別の世界で生きてますよね?
心のままに発言することを許されるならば、私はいっそこう言いたかった。しかし私も社会人の端くれ。心のままに発言することはできない。せめて察して欲しい。
彼は頷いた。
「もちろんあなたの言いたいことはわかります。あなたは僕の頭が少しおかしいようだ、と思っているのでしょう?」
私は返事ができなかった。だって本当に私はこの男は変だと思っているもの。大人同士の関係では本当のことってかえって口にしにくいものだ。