【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
暗い気持ちで歩いていると、祐輔の店が目に付いた。
「よお、美穂。どうした」
ビールケースの上に腰掛けて煙草を吸っていた祐輔は私の姿を見つけて片手を挙げた。
その顔を見た瞬間、何だか私は例えようもないほど惨めになって、つい情けない顔で笑った。
「祐輔……」
「どうした?金以外の相談ならのるぞ」
その金で泣かされているんだよ。ホント昔から祐輔は頼りにならないな。しかし愚痴吐きには彼ほどの適任はいないのかもしれない。なんだかんだ言ってもこの男は私をよくわかっている。
「いや……あんた、口は固い?」
「おう、当然だろ。こっちは客商売だぞ」
幼馴染のそんな言葉を聞くと、つい心が弱る。
とうとう目が潤んできてしまい、私は口をぎゅっと食いしばった。
祐輔に涙を見せたのなんて小学生のときに青大将に噛まれて以来の事だ。祐輔は目を見張った。
「おいおい、マジかよ……」
祐輔は私の涙目に困ったような顔をして、着ていた服の裾で私の目元を覆った。
その時、私のバッグの中で携帯が鳴った。
祐輔の服で涙を拭いながら、私は携帯を耳に押し当てた。
「はい、なんですか」
おそらくあの北条景久が電話をかけてきたのだろうと思ったけれど、そうではなく、携帯から響いてきたのは聞きなれた弟の声だった。
「あ、姉ちゃん?」
「うん、ごめん、今日は私がご飯を作る番だったのに。すぐに帰って……」
「いや、飯はいいんだ。かよ知らない?」
春彦の声は少し苛立っているようだった。
「かよちゃん?どうしたの」
「いや、あいつの姿が見えなくて」
「実家じゃない?」
「いや、実家にはもう電話した。いないって」
「あんた……いったい何やったの」
すると春彦の言葉は急に歯切れが悪くなる。
「いや……あいつ、最近ちょっと不安定でさ。子どものこと……後悔してるっぽいことを言うもんだから、喧嘩になっちゃってさ……。
いや、知らないならいいんだ。俺、探してみる」
「私も探すわ。かよちゃんの行きそうなところ、教えて」
喧嘩の相手である春彦が探せば出てきにくいだろうが、他の人間ならばかよちゃんも話がしやすいだろう。
「いや、ねーちゃんはいい。家に帰ったらじっとしてて」
「……」
私は探さなくていい。
その言葉でぴんと来た。
たぶん、春彦とかよちゃんは私のことで喧嘩をしたんだ。
かよちゃんが私のことを好きでなさそうなのは分かっていた。
無職で結婚の予定も無い夫の姉なんてそりゃ邪魔にきまってる。
自分が疎ましがられるのは自分が悪いのだからしょうがない、時間をかけてでもいつか仲良くなれたらそれでいい。そう思っていたけど……この場合は私が嫌われるだけじゃすまないんだ。
どうしよう。かよちゃんのおなかには今、春彦の子どもがいるのに……。
「美穂、どうした?」
心配そうに私の顔を覗き込む祐輔。
東京の大学に行きたいなんて言い出さずにコイツみたいな地元の男と結婚していたら、私の居場所はまだこの町にあったのかな。いや、コイツが私と結婚なんてするはずないか。
でも、私は自分がつまらない人生だと思っていた周囲の女の子たちの辿った人生……地元を離れずに、25歳くらいで地元の男と結婚するという選択が、どれほど居心地がよく自然な人生なのかと今初めて気付いて驚いた。
その生き方は素晴らしく非凡で冒険に満ちたわくわくするような人生ではないかもしれないけれど、少なくともそういう生き方を選んでいれば、弟の嫁にここまで疎まれることはなかっただろう。
私は努力をして遠回りをして、30間近になってやっとそのことに気付いたのだ。
私って……すごく馬鹿だったのかもしれない。