【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
結局、かよちゃんはその電話から三時間もたたない間に春彦によって見つけ出された。
春彦はとりあえず落ち着かせるために彼女を実家に帰したらしいけれど、私はその夜、春彦を問いただした。
「ねえ、春彦」
「ん?ああ、姉ちゃん。心配かけてごめん」
「心配って、それはいいんだけど。……何が原因でかよちゃんと喧嘩したの」
春彦は典型的な海の男でもともと口数が少ない。その上、場を取り繕う嘘も苦手だ。黙って剃り込みの入った坊主頭をかきながらうつむいている。
「私のことでしょ」
「……」
「ねえ、そうなんでしょ」
「姉ちゃんが気にすることじゃない。夫婦のことに口出しすんなよ」
「ただの夫婦喧嘩ならこんなに口を挟んだりしないよ、でも……そうじゃないでしょ……」
しばらく沈黙が続いた。
「俺とやってくならどのみちこの程度のことに耐えられないヤツはだめだよ。いずれ別れることになる。……まあ、俺、中卒だし、漁師以外できねえし。稼ぎだって年収200がいいところだ。
だからかよが俺に愛想を尽かしたら俺には追いかける権利もねえよ。
かよが腹の子を諦める、育てていけないって言うならそりゃ子どもには悪いがしょうがねえよ、甲斐性なしが一丁前のことをしようとしたからツケがきたんだ」
自分を嘲笑うようにそういった春彦の横顔。
泣きたいのを我慢しているとき、春彦は口角に力を入れてそれをこらえる。今、春彦は口角に力を入れるどころか声まで震わせて今にも泣き出しそうだ。けれど、泣かない。
いつまでもおねしょが直らなくて、怖がりで後先考えない子だったのに、春彦はいつの間にか一人前の男の顔をして痛みに耐えている。
「姉ちゃんのことは関係ない」
春彦はきっぱりとそう言った。
それはおそらく本心なのだろう。春彦はかよちゃんとのことがだめになっても、私を責めるようなことはきっと一生ないだろう。
そういう子なのだ。馬鹿なのだ。
私に一言、実家に迷惑をかけるな、早く仕事を見つけて、東京でもどこへでも出て行け、そう言えばいいのに、そうは言えない子なのだ。
お金があれば。
今まで考えてもみなかった。人がなぜ働くのか。
自己実現のため。夢のため。履歴書に耳障りのいいきれいごとを書いたのはつい昨日のことだったのに。
人は、自分を、家族を守るために働くんだ。
そんなことにも気付かない。私は極楽トンボで、夢ばかり追いかけていて考えなしだった。