【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
もう一人の当主候補、なのか?
大きな門をくぐってしばらく車で進んでいくと、大きな洋館が見えてきた。
その洋館は建物こそ洋風だけれど、庭のしつらえはどことなく和の雰囲気を漂わせていて、よく手入れされた躑躅(つつじ)の木々が道に沿って植えられ、ちょうど真っ赤に燃えるように色づいた紅葉が見るものの目をひきつける。
まるで老舗ホテルのような昔の洋館といった佇まいが歴史を感じさせて、急ごしらえのいわゆる洋風の建物とは全く違った雰囲気を漂わせていた。
「すごーい、素敵……ドラマのロケ地みたい」
私は車の窓に顔をくっつけそうな勢いで外を眺めていた。
私は今、景久さんの車で彼の住む北条邸に向かっている。北条家所有の家はここ以外にも東京、鎌倉、ニューヨーク、ローマなどなど各地にあるらしいけれど、北条家当主が住むのは、この大邸宅らしい。
「こちらの建物は大正3年に建てられたものだそうです」
彼はどんと大きく建てられた正面の洋館を指差した。
私はその歴史を感じさせる荘重な建物に圧倒されてしまい、目が離せない。ここがこれから私の家になるのか。
「へえ……超カッコイイ……」
私もこの地元で育ったのだから、北条家の邸宅の広大さはなんとなく知っていた。
たとえ北条家についてまったく興味のない人でも、一度この地域の地図を広げれば、まるで大学のキャンパスのように大きな敷地が北条邸として大きく区切られているのに気付くだろう。
そのくらいこの敷地は大きいのだ。この地元で育ってそれを知らない人なんていないだろう。
「『超カッコイイ』、ですか」
彼は私の言葉に苦笑した。
「あっと……すみません。とっても素敵でございますわね、……こんな感じですか」
私はテレビドラマで見るような上品な奥様を意識しておほほ、と笑うことを忘れなかった。
彼は一瞬ちらりと私の顔を見たが、運転中なのですぐに目線を前に戻した。
「あなたが北条家にどんなイメージをもっているのかがよく分かりました。
当面は『超カッコイイ』でかまいませんよ。慣れない環境で言葉遣いまでうるさくいわれたら窮屈でしょう。
先は長いのですから、気長に当家の流儀を覚えてくだされば結構ですし、公の場以外ではそれほど堅苦しい家でもないので、あなたらしく寛(くつろ)いで下さってかまいません」
「そうなんですか。古い家柄だからもっとマナーには厳しいかと思っていました」
漁師の娘が領主の家に嫁ぐのだから、どんな厳しい躾と称した嫁イビリが待っているのかと身構えていた私は少し緊張を緩めた。
「厳しい面もありますが、僕個人の経験した北条家は日常生活において、個人の自主性を尊ぶ家風です。
これは今の当主の考え方に大きく影響されているのでしょうね」
彼はそう言って車を停めた。
そして助手席側に回るとごく自然な様子でドアを開けた。
紳士だわ……。
彼の釣り書きにはロンドンに留学して、その後何年かそのままロンドンで起業して働いていたと書かれていたけれど、彼はそのわずか数年の間に非常に優雅なレディファーストを身につけたらしい。こういう振る舞いがわざとらしくならない人は少ないのだけれど、やはり育ちが物をいうのだろうか、一つ一つのしぐさが上品な景久さんがやると、わざとらしいどころかまるで映画のワンシーンみたい。
いままでついぞモテた事のない私は、これが例え形式的なものだとしても男の人に大事にされているような気がして妙に気恥ずかしい。
「どうぞ」
彼の差し出す手。
私は顔の少し前に出されたその手を取るべきだと感じた。例え慣れないレディファーストが恥ずかしくとも、ここで彼の親切を無視すれば彼に恥をかかせることになるだろう、たぶん。
それは大和撫子としては絶対やっちゃいけないことだわ。
私は緊張で震える手で彼の手をとった。きっと私の手は汗ばんで気持ち悪かっただろう、でも彼はいやな顔一つしなかった。
「お疲れでしょう。屋敷を見て回る前にテラスでお茶にしましょうか」
彼はお疲れでしょうというが、私は助手席に乗っていただけ。むしろ運転していた景久さんのほうがお疲れだろうに、彼は微塵もそんな様子は見せず、あくまで紳士である。
つい数日前までお金目当てに結婚をする羽目になった自分の運命を嘆いていた私だけれど、この完璧な夫を前にして、私は考えを変えつつあった。
金目当ての結婚とはいえ、これほど優しく紳士的で見栄えのよい男性と結婚することが出来るなんて、私は現代のシンデレラガールなのではないだろうか。