【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】



帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい…………。


「どうかしましたか、ずっと黙っていますね」


 気がつくと、私は景久さんと向かい合って座っていた。といっても私の視線は景久さんではなく、飾り棚に置かれた時計に注がれていた。

 私の前に置かれたティーテーブルの上には、見ているだけで壊れてしまいそうなほど繊細なデザインのティーカップと、そしてよい香りの紅茶が置かれている。紅茶から漂うベルガモットの香りが爽やかだ。優美なデザインのケーキ皿には数種類のケーキが載せられ、かすかな洋酒の香りを放っている。

「美穂さん?」

 私ははじかれたように顔をあげた。
 景久さんの色素の薄い瞳が探るように私を見つめている。ぼうっとしていると心の奥底まで見透かされてしまいそうな瞳だ。

「えっ、あ、すみません」

「お疲れですか。それとも体調がよくないのですか」

 だめだ。しっかりしなくちゃ。

「すみません、少し考え事です。ところで、何のお話でしたっけ」

 景久さんは困ったように私の目を見つめている。

「紅茶はお嫌いですか」
「いえ」

「ではケーキは。甘いものがお好きでないのならこちらのサンドイッチをどうぞ」

 彼はティースタンドの上のサンドイッチを勧めてくれるが、私は小さく首を振った。
 私はここにアフタヌーンティーを楽しみに来たわけではない。

 ぐるりと部屋の中を見回すと、我が家の茶の間の五倍はありそうなスペースに、アンティークの雰囲気を漂わせた高価な家具が配置され、まるで外国映画の貴族の館のようである。修学旅行のお土産や母が趣味の教室で作った木彫りの人形が所狭しと並び、さらにその一つ一つが埃をかぶっているような我が家の茶の間とは大違いだ。

 この部屋はすなわち景久さんであり、我が家の茶の間はすなわち私である。つりあうはずが無い。
 だめだ。これは三千万を返して謝って撤収したほうが良いのではないか。

「す、すみませんでした……!」

 私はきれいなテーブルクロスに頭をこすり付けんばかりにして頭を下げた。

「美穂さん?どうしたんですか」

 突然の私の行動に彼は椅子から少し腰を浮かせる。

「すみませんでした!やっぱり結婚、ナシにしてください!これは厳しい!世界が違いすぎる!」

 景久さんは困惑したように私を見ている。今の私にはその優しげなまなざしすら軽蔑を含んだものに見える。

「……世界、ですか?」

 いや、古今東西の歴史を見ても、恋愛を経ずに夫婦になった人たちって結構いると思うのよ、特に日本では私たちの親世代は恋愛結婚よりも見合い結婚のほうが多かったっていうし。
 
 だから政略結婚も契約結婚も見合い結婚も大いに結構なんだけど、でもこの格差婚はまずい。

 家同士の取り決めや見合いで結婚した人たちって大体育った環境とか家柄はつりあっている場合がほとんど。私たちみたいに格差のありすぎる結婚であるにもかかわらず、本人たちの愛も無いってどう考えても無理だろ。
 恋愛結婚のよくないところと政略結婚のよくないところをミックスしたような結婚じゃないか。


「多分私たち、壊滅的に話があわないと思うんですよ!育ちが違いすぎる!!
 こんな私たちが一緒に生活をしていったら絶対にもめますって。景久さんあなたが切羽詰ったお立場なのはよくわかっていますが、でも、せめて家格のつりあったところから嫁を貰うべきですよ。
 第一こんな上流階級みたいな世界にあわせて暮らすなんて私の負担が大きすぎる!このティーカップだって普通に食器として扱っていいんですか?なんだか触った瞬間壊れそうなんですけど!」
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