【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】


 景久さんは私の話を黙って聞きながら、紅茶を一口含んだ。
 婚約破棄の話を、まるで世間話を聞き流すような態度で聞いている。


 お……落ち着いてますね。聞いてなかったのかな?

 彼は優雅な仕草でティーカップを受け皿に戻すと、ゆっくりとした口調で答えた。


「つりあうつりあわないは瑣末な問題です」
「へ……、でも、」

 彼は右手の人差し指をあげて私の言葉を遮ると、少し目を伏せた。長いまつげが彼の肉の薄い頬に濃い影を作り、目の表情が一気にわかりにくくなる。

「僕は、嫁であるあなたが何もかもこの家にあわせるべきだとは考えていません。
 そもそも僕たちは恋愛の末に結婚にいたるわけではないのですから、一般の夫婦よりも互いにそりのあわない部分は多いはずです。
 ですから僕たちが夫婦の形を維持するためには互いにとって互いが邪魔にならないように、絶対に譲れないこと以外はなるべく譲り合って
ストレス源を取り除いて生活するべきでしょう。
 朱雀様の祭祀に関することはよほどの事が無い限り我が家のしきたりに従ってもらいますが、僕たち二人の私生活については僕とあなた、二人にとって一番楽で暮らしやすい生活を見出してゆくべきでしょうね。
 もちろんティーカップがあなたのお気に召さないなら替えさせましょう。この程度のことは些細な問題ですし、解決は簡単です。
 次からはあなたのお好きなものでお茶を飲みましょう。
 湯呑みがよければそれでもかまわないし、コーヒーカップで紅茶を飲んでもかまいません。紅茶がお好きでないのならあなたは緑茶でもコーヒーでもお好きになさってください」

 私は目の前のティーカップをじっと見つめた。とてもきれいなカップだ。私がこれを拒否したらこれは二度と私の前には出なくなる。もしかしたら今後二度とこのカップは人目に触れなくなるのかもしれない。私はそういうことが言いたかったのではないのだけれど。

 

「先ほどのあなたの言葉は、大変素晴らしい問題提起でした」

 私は問題提起をしたつもりは無いのだが、彼にはそう聞こえたらしい。

「僕たちは知り合ってまだ日が浅いので、こういったことを話し合う機会がありませんでした。ですが、これはいい機会ですのでもう少し僕の考えを述べさせていただいてもいいですか」

 彼は私が頷くのを待ってからゆっくりと話し始めた。

「はじめに、僕たちの結婚生活について互いの邪魔にならないように、とお話しましたが、それはもちろん互いに無関心でいましょうという話ではありません。誤解を招いたのならばここで訂正させていただきます。
 少なくとも僕にはあなたをこの家に引き込んだ責任というものがありますから、僕は夫としてこの家の当主として、あなたがこの家で暮らしやすいよう、あなたを理解し、この家とあなたの関係を調整する義務があると考えています。

 もちろん、家族になるのですから初めのうちは衝突もあるでしょうが、それはどこの夫婦でも経験する普通のことだと思いますよ。
 僕たちの間に男女の愛はありませんが、互いに敬意を持って向き合っていれば、一般の夫婦よりも時間はかかるかもしれませんが、いずれ僕達はよい夫婦になれるだろうと思います」

 ここまで彼は非常ににこやかに友好的な態度を取って話をした。
 けれど、ここから突然彼の口調が厳しくなった。
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