【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「それから。念のために警告しておきますが、今さら三千万を返してくださっても、結婚を白紙に戻すということは認めるわけにはいきません。
結婚の準備は進んでいますし、今あなたに結婚を拒否されると、僕は、他の朱雀の巫女が結婚できる年齢になるまで……つまり、現在九歳の女性が少なくとも16になるまで結婚を先延ばしにせねばならなくなります。
当主となるには巫女を妻に迎えることが第一条件ですから、それがかなわないとなると北条家の当主はその間不在、ということになります。
これは我が家、北条グループ、ひいてはこの地域の経済に多大な損失を与えかねないことですので、僕はこの結婚を撤回することは絶対にしません。
ですから、脅すようで気の毒ですが、警告として言っておきます。
もし、あなたが三千万を僕につき返したとしても……、その時点で、僕は別の手段であなたがこの結婚に前向きにならざるをえないように手を打たねばならなくなります。
おそらく、かなり資力と権力に物を言わせる形であなたに頷いていただくことになるでしょう。
たとえば、……あなたのご兄弟が漁に出られないようにするとか、ご兄弟の婚約者さん……かよさんでしたか。彼女の父親は北条デパートの外商部で働いていますが、この方に外商部ではなく倉庫の管理をお任せするとか、あなたとあなたのご家族に圧力をかける方法はいくらでもあるのです。
ですが、僕はこれ以上我が家の事情に他人を巻き込むようなことはしたくない。
僕はできれば妻となる女性とは友好的な関係でありたいと考えていますし、あなたもあなたのご家族もこれ以上いやな思いをしたくはないでしょう。
ですから、僕との結婚を拒否するという考えはもう捨てておいたほうがお互いのためになると思いますよ」
景久さんの言葉は丁寧で優しかったけれど、それは明らかな脅しだった。たぶん、彼にはそれをするだけの力があるだろう。彼の言葉の一つ一つは、私の逃げ道を一つ一つ丁寧に潰していくかのようだった。
私は胸元に刃物を突きつけられたかのような感覚にごくりと固唾を飲んだ。
お金で解決、これが一番平和で、互いに悪感情を抱かずに済む条件だったのだ。
目の前の男は私が金目当ての結婚を断った場合のことを想定していたに違いない。彼は私の心の動きを読んで、正確に釘を刺してくる。
弟夫婦。特に、かよちゃん。
これをひきずり出されてはもう何も言えない。
穏やかでおっとりとして見えるけれど、この男はもうすっかり私の弱点を知り抜いていて、その弱点の中でもどこが一番弱いのか、よく読みきっている。
どうして景久さんは北条家にそれほどこだわるのだろうか。
釣書の情報を見る限りでは景久さんは最近になるまでずっとロンドンにいて、北条家とはかかわりの無い仕事をしていたみたいだし、その仕事も随分上手くいっていたみたいだ。
旧家とはいえ、こんな田舎に戻ってきて旧家の当主として因習に縛られて暮らして行くことに、こんな人が魅力を感じるとは思えないのだが。
やはり嫁に行くことを前提に育っている女性と男性では家に対する考え方が違うのだろうか。でも景久さんは前の当主の弟で、北条家から見れば元々次男なのだから、そこまで家に対して責任を感じなくたってよさそうなものだが。
「卑怯だとは思わないんですか」
「卑怯だと思ったからこそ先にお金で解決しようと考えたのです」
私は幾重にも罠を仕掛けてまで手に入れるような女じゃない。
そんなことは景久さんだってよくわかっているだろうに、そんなに朱雀様の機嫌が大事なのか。
「景久さん、私は旧家のしきたりとは無縁のド庶民なんですけど」
「ええ、あなたの家のこと、これまでの経歴についてはよくわかっています」
「私がこの家の奥様らしくなるのは多分無理ですよ」
「無理ではありません。まず、あなたはこの家の当主の妻として最も欠くべかざる資格を有しているたった一人の女性です。他の事はいかようにでもなります」
私は思わず呟いた。
「うわぁ……。三千万払ってわざわざ苦労を拾いに行くんだ……絶対家柄や学歴のつりあった相手と結婚したほうが上手くいくのに。私なんか嫁にしたら、あなたが恥をかくだけですよ」