【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
部屋に入ってきたのは高校生くらいの男の子だった。
ここらの田舎の子にしては珍しくオシャレで垢抜けた子だ。
怖ろしいほどに頭が小さく、手足がすらりと長い。
彼の少しオレンジ系の明るい色に染めた髪は、ゆるく肩のあたりまで波打って小さな顔をきれいに彩っている。
鼻筋がすうっと通っていて、大きな瞳はまるで女の子みたいに長い睫毛に縁取られ、少し物憂げな印象もある。
もし彼が私服ならば美少女といわれても信じてしまいそうだけれど、彼はこのあたりでは有名な私立の名門男子校の制服を着ている。
美少年だ。本物の美少年だ。
私は彼のもつ華やかさに気圧され、気の利いた挨拶すら口に出来ない。相手は一回り以上も年下だろうに。
「どうしたの、美穂」
彼は初対面にしてはいささか馴れ馴れしい態度で私の座っている椅子の背に腕をかけた。私は警戒心から少し身を引く。
「え、いきなり『美穂』って。……どちらさま?」
「ああ、覚えてないんだ。冷たいね。俺はあんたのこと、よく覚えているのに。
俺は北条彰久(あきひさ)だよ」
「あき、ひさ」
アキヒサという名前が誰のものだったのか、咄嗟にはなかなか思い出せなかったが、しかしそういわれてみればどことなく彼の甘い目元には見覚えがあるような、ないような。
目を細めて彼の顔を見上げていると、彼は呆れたように付け足した。
「こう言えばわかる?
バイト代、時給1500円」
1500円。
その響きには覚えがあった。私は思わずあっと声を上げる。
北条彰久。バイト代1500円……!
「え、まさか。彰久ってあの『あき』かな……?」
「そうだよ。やっと思い出した」
彼は華やかな美貌に笑みを浮かべた。
私は十年の間に随分と大きくなった彼の姿を見て驚きと喜びの入り混じった気持ちで胸がいっぱいになった。
「あきくん……大きくなったね……。身長も、もう私よりもずっと高いじゃない。昔はこんなだったのに」
私が手を当ててそう言うと、彼は少し恥ずかしそうに笑った。
「そこまで低くなかったよ、大げさだな」
北条彰久。
彼はかつて私の生徒だった。
生徒といっても、大学生の頃、夏休みのほんの少しの間だけ家庭教師として彼の家にお邪魔していたというだけの浅い付き合いだ。
彰久の両親は当初、男性の家庭教師を希望していて、彰久にはちゃんと年間契約をしているプロの家庭教師がついていた。
私はあくまでその先生の補助としてその補佐的な仕事をしていたに過ぎない。
当時、家庭教師なんてコストの高い勉強方法を選ぶ家庭はこの地域ではまだ少なかったので、家庭教師の補助というのは学生でお金のなかった私にとってはやっとありついた割のいいバイトだった。