【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
ヤンキーである。
顔立ちは西洋人形のようにきれいだが、しかし彰久の態度、服装はどこからどう見てもヤンキーである。
なぜ当主の長男なのに次期当主として彰久の名前があがらないのかは誰かに説明を受けるまでもなくよくわかった。
ロンドンの某世界的に有名な大学を出たあの物腰上品な景久さんとヤンキー崩れの高校生、どちらを当主にするかと聞かれたら……そりゃやっぱり景久さんだわね。
だって、彰久には悪いけれど、こんなヤンキーを責任ある立場につかせるのは誰だって怖いもの。
今の北条家はこの地域一帯の経済活動のすべてを握っているといっても過言ではない。こんなヤンキーが北条家の跡取りだったら母のパート先もヤンキーの気まぐれでつぶれてしまうかもしれない。いや、つぶれるだろう。断言してもいい。
彰久は言葉を濁した私を軽くにらんで話を続けた。
「お前が何を言いたいのかは大体わかるけど、今の本題はそこじゃない。
あんたの結婚の話だ。
あんたは景久の本性を知らない。あいつは優しそうに見えるけれど、本当は優しくなんかないし、フェアな男でもない。
あいつがロンドンで人にどう呼ばれていたか、あんたは知らないだろ。
『ハゲタカ』『ハイエナ野郎』『現代のエベネーザ・スクルージ』」
ハゲタカ。
ハイエナ野郎。
そのうえディケンズの小説の主人公、冷酷無比なエベネーザ・スクルージとは。
あの穏やかで上品な景久さんはとてもそんなふうに呼ばれていたようには見えない。
「あいつは企業買収の世界に身をおいていた。
あれは誰だって多かれ少なかれ人の恨みを買うことはある仕事だ。企業買収だからな。どう上手くやったって企業経営者や社員の人生を大きく狂わせる。
でもあいつは桁違いだよ。狙った企業を買収するために随分汚い手も使ったみたいだ。
そんなヤツと結婚していたら、あんたはいつかあいつを恨む誰かに危害を加えられるだろう」
「そんなこと、」
釣書には書いていなかった。そう口にしようとして彰久と目が合った。
わざわざ自分の不利になるようなことを釣書に書くやつがいるわけない。そうだろ?
その目はそう語っているように見えた。
「あんたには遊んでもらった恩があるし、俺はあいつが嫌いだ。
だからあんたを逃がしてやるよ、あいつから」
「逃げる?でも私は」
景久さんからお金を受け取ったのだ。もちろんお金を受け取ったばかりだから景久さんから受け取ったお金の7割くらいは返せるけれど、三割はもうすでに弟の借金返済や船の修理代に充ててしまった。
「三千万くらいのはした金、あいつにとってはなんでもないさ。むしろ、三千万の話が表に出るほうがあいつにとっては痛い。
返さないで逃げたってあいつは金のことではあんたを責められない。あんたがどうしても金のことが気になると言うなら俺が出してもいい。だから、今のうちに逃げろ。
あいつは執念深いし、もともとフェアな人間じゃない。だからこっちが予想もしない手で結婚を迫ってくるだろう。
でも、俺が守ってやる。
今ならまだ間に合う。正式に結婚する前に逃げろ。このまま結婚してしまったらあいつに飼い殺されるぞ。そうされてもいいと思うほどあいつが好きなわけじゃないんだろう」