【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「今決めろとはいわないけど、結婚回避のこと……考えておいて」
彰久はしきりにドアのほうを意識しながら私の手の中に小さな紙切れを押し込んだ。
「え、ちょっと」
「もう行かなきゃ、ごめん」
彼は何かから逃げるようにさっとバルコニーへと続く両開きのドアを開けて外に飛び出していってしまった。
朱雀様に一体何があるというのだろう。
景久さんは知的で、あの話し方からしておそらく基本的には論理的な人なのだろう。決して理由もなく怯えるタイプじゃない。
彰久だって子どものころはドライで、お化けの話なんか頭から馬鹿にしていたと思う。
朱雀様って一体なんなんだろう。
それに彰久は、私が逃げるための手助けをしたりしていいのだろうか。景久さんが彰久のいうとおりフェアでない人なら、あとで報復されたりいじめられたりして危険なんじゃないだろうか。
私は逃げればそれでおしまいの他人だけれど、彰久は景久さんの身内で、おそらくこの本家に住んでいるのだろう。彼はしっかりしているように見えたけれど、何だかんだいってもまだ高校生で、生活の大部分を親に世話されている立場だ。大人のように身軽には動けない。
私は右手の中でくしゃくしゃになった紙切れを広げてみた。
メールアドレスと携帯の電話番号だけが書き付けられた小さな紙にはメッセージの一つもない。
ダメだ。
もし私が逃げるという選択をした場合も、多分私は彼の助けを求めることはしないだろう。
彰久は巻き込めない。これは私が自分で足を踏み入れたことだ。関係のない人を、それも未成年を巻き込むのはどう考えたって筋違いだ。
私は彰久が私の手の中に残していった紙をバッグの中にねじ込んだ。結婚するにせよ、やめるにせよ、私は彰久を頼ったりはしない。
そう決めた。