【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
突然そんなことを言われても。
アメリカから進出してきたオシャレ、かつヘルシーなドーナツチェーン。
東京にいると「アメリカから進出してきた~」なんていうフレーズは毎月のように耳にするが、私の郷里ではそんなことはめったにない。大抵のアメリカからやってきた「何か」は人口が少なく決して経済規模が大きいとはいえないわが地元に到達する前にブームが過ぎ去る。
しかしこのドーナツチェーンは気取った都会風の女が好みそうなオシャレな紙袋やカラフルなドーナツで人気が爆発し、その人気の波はこんな片田舎にまでやってきた。
そこで雇用が生まれた。都会から進出してきた企業にありがちなことだが、都会の企業は田舎の人件費というものをご存じない。つまり時給の設定がやや高めなのだ。
無職の私は飛びついたね。それに余ったドーナツは持ち帰ってよいというのもささやかだが一応女子である私にとっては嬉しい得点だ。
しかし私はドーナツ販売を甘く見ていた。高校生だの大学生だのといった若いバイト仲間に混じってキャッキャウフフと学生のノリで働くのもなんだか楽しそう、なんてお気楽な気持ちだった。
私は甘かった。
まず私はバイト先につくなり店長に「太めの販売員は客の購買意欲を削ぐので」と言われてそのままバックヤードにまわされた。
そこからは地獄だった。朝から山とつまれたドーナツをちぎっては投げちぎっては投げ……というのは言葉のあやだが、使い古されて黒っぽくなった油にドーナツを突っ込んでは揚げ、突っ込んでは揚げ……。たまにチョコがけをしたり、白い謎の粉をむせるほど大量にドーナツにふりかける。なんだこの粉。
私は謎の粉にむせながら恨みがましい目でカウンターを見つめた。
カウンター付近では見栄えのいい若い男女の店員がキャッキャウフフとドーナツを販売している。私が揚げて、私が箱につめた初日限定のオシャレドーナツをな。
客のほうもオシャレドーナツなどを販売初日から食べようという流行に敏感な人たちだ、田舎の人にしてはやや都会風のいでたち。何だあのスマート空間は。
店長が差別主義者でなかったら私もあのオシャレな制服を着てキャッキャウフフとドーナツを販売していたはずなのに、なぜか裏方。いや、裏方も大事な仕事よ?裏方なしで成り立つ仕事なんて無い。でもさ、どうして私が一人だけで裏方をやらなきゃならないのっ!裏方はどうみても力仕事なんだから男子の一人くらいこっちに回してくれたっていいじゃないのよ!私はアラサーだが現役高校生と楽しく働くだけの話術はあるわよ?見た目で私の中身までダサいオバサンだと判断しないで!
くそ……本部に電話してやる。裏方が一人なんてどう考えてもおかしいもの。
一人で奥歯を噛み締めながらドーナツを油から引き上げていると、店長が店の奥を覗き込んだ。まだ二十代と思しき店長は、いかにも東京から派遣されてきた人間らしく、パーマをかけたオシャレヘアーにチャラチャラした物腰の軽薄そうなメガネ男だ。
「あ、佐倉さん。だいぶコツがつかめてきたみたいだね。いやーやっぱちゃんとした社会人は仕事の覚えも早いわ。学生バイトはどうもねーサークル感覚っていうかねー」
私は手を止めて顔を上げた。
ん……?何だこの店長、単に差別で私を裏方に回したのじゃなくて、ちゃんと私の今までのキャリアを考慮したうえで私を「デキる女」と見込んで裏方に回したのかしら。
「というわけで他に裏方ができそうな人がいないから、次から派遣じゃなくて契約社員でこない?」
おお……このチャラい店長、人を見る目はあるらしいわね!
「契約社員ですか!ぜひぜひ!!」
「あ、そう?じゃあいきなりで悪いんだけど、契約を変更して閉店まで残ってくれる?残業代は悪いんだけど払えないから、そこだけ契約どおり六時でタイムカード切ってきてね」
「は……?」
閉店は確か22時だったような気がするのだが、朝8時からバックヤードに入ってあがりが22時っておかしくない?労働基準法……。
店長は私の言いたいことをいち早く察して顔の前で手を合わせた。
「メンゴメンゴ!でもホラ契約社員になったら有休もあるし!」
「え……でも裏方一人でどうやって有休……」
「さーて店頭に戻るかな!いやーオープン初日は忙しいわ」
彼は話が自分の不利な方向に進みそうな気配を察知したのだろう、くるりと向きを換えてカウンターのほうへ戻っていった。
「……」