【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
まさかこんなに客が殺到するとは。
今日は販売初日なので決まった組み合わせのドーナツを12個箱につめて千円ぽっきりでお客様に千円でお売りする。通常価格一個125円から150円くらいのものまであるのに今日は12個千円とあって売れ行きはいい。いやよすぎる。
今まで日本で販売されていたドーナツと少しだけ生地が違い、オシャレな見た目のドーナツ。それが少しだけ安く販売されるとあっては多少の列に並んででもドーナツをぜひ購入したいと考える人は少なく無いだろう。何しろここは田舎。「アメリカから進出してきた~」と枕詞がつけばそれだけで物見高い地元の人間をおびき寄せるには十分なのである。
私は店の表にまでずらりと蛇腹状に並んだお客を見て額の汗を拭った。
朝からずっとドーナツを売っているが、客の流れは途切れることなく、だんだん自分が本当にドーナツを販売しているのか、それとも何か変な悪夢を見ているだけなのか、疲れで朦朧としてハッキリしなくなってきた。
その時、店の前で車が止まった。
車体の艶だけで人目で高級車と分かる。
その車を降りて歩道に降り立ったのは、北条景久その人であった。
品のいいチェスターフィールドコートを羽織った彼の姿は周囲の人々よりも数段垢抜けていて、……そして明らかに浮いている。
ただ単にイケメンというだけでなく、この場から浮いているという意味でも周囲の人々が彼に注目しているのが手に取るようにわかった。しかし彼はそんなことには頓着せず、堂々と店内に入ってきてざっとカウンターに並ぶ制服姿の店員を確認した。
当然だがそこに私の姿は無い。なぜなら店長の偏見により裏方に回されているから。
何をしに来たんだあの人……。
私は自分の姿が彼の目に付かないように身を低くしてフライヤーの裏に身を隠し、彼の様子をうかがった。
景久さんは客から見える場所に私がいないと判断するや否や、すぐにカウンターに手をかけてバイトの子に店長を呼ばせた。
店長は景久さんの腕できらめくブランド腕時計に気付いているのだろう、明らかに他の客に対応するときとは違う態度で接している。
しばらくして、店長がフライヤーの奥で様子をうかがっていた私を覗き込んだ。
「佐倉さん、もうあがっていいよ」
「へっ、でも裏方どうするんですか」
彼は肩をすくめた。
「金沢さんにはいってもらうからもういいよ。あ、それと明日からもうこなくていいから。んじゃ、オツカレサマー」
「はあああぁ!?」
突然の解雇に私は目玉が飛び出しそうなほど驚いた。なぜだ。私は確かに太めで「お客様の購買意欲を削ぐ」店員だったかもしれないが、しかし店長、アンタさっき私を契約社員に、と言っていたではないか。わずか一時間弱の間に何があったというのか。
「いやいや納得行きませんって。どうして明日から……」
店長は軽くパーマをかけた髪を指先でいじりながら軽薄な口調で答えた。
「いやー本部から電話が来てさ。えーとなんだっけ。地域マネージャーが派遣会社を変えろって言うもんだからさぁ。詳しいことはあのイケメンに聞いてね。
ドーナツ屋の裏方をチェンジとか意味わかんないけど、ま、ウチはべつにシフト調整さえ出来ればフライヤー担当なんて誰でもいいわけだし。
まぁ、今度はお客としてきてよ。
あ、これお昼のドーナツね。クーポンもあげるから悪く思わないでねー」
店長はそう言いながら私の手に昼前に揚げて売れ残ったであろうドーナツの袋詰めを押し付けてきた。商品の売れ残りはスタッフがランチとしておいしく頂くことになっているのだが、おいしそうなランチはあらかた他のバイトに取られてしまっており、私に残されたのはもともとしっかりした生地がさらに冷えて固くなったというチュロスの山のみ。
一人で裏方をやっていた私はなかなか昼休憩が取れず、その結果がこれだ。
「は……はぁ……」
派遣会社を変えるといわれたら後は会社同士の話し合いになるので私は何も言えない。そのままタイムカードを切って着替えてさっくりと解雇されてしまった。