【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
数キロはあろうかと思われる重いドーナツの袋を提げて店の裏口から出ると、すでに景久さんが愛車の脇に立って私を待っていた。
「お疲れ様です。美穂さん」
彼はそう言いながら車の助手席側に回ってドアを開けた。
紳士である。
「お疲れ様です景久さん。ドーナツ半分持って帰りませんか。全部チュロスなんですけど」
「……いいえ、結構です」
チュロスばっかり何キロも食べるのはイヤだ。顎関節が壊れる。そう思って景久さんに尋ねたのだが、やはり彼も数キロのチュロスはいらないらしい。まあ、そうだろうね。景久さんは甘いものが好きそうな体型には見えないもの。きっとこのタイプは普段からオーガニック野菜のサラダとかアーモンドミルクとか、男なのにダイエット中のOLみたいな食生活で過ごしているに違いない。
「あ、じゃあ彰久にあげてくださいこれ。私、一日中ドーナツを揚げていたのでもう見たくもな、じゃなかったあんまり甘いもの好きじゃないんですよねー有沢さんも良かったら召し上がってくださいって言っておいてください」
私はそう言いながら彼の車の助手席にドーナツの袋を押し込んだ。若干きついがビニール袋の空気を抜けばなんとか……布団圧縮袋の要領でっ……!!
手だけでなく足も使ってドーナツの袋を彼の助手席に押し込んでいると、背後でため息が聞こえた。
「美穂さん、家までお送りしますからどうぞ、乗ってください」
「その前にちょっと聞きたいことがあるんですが」
「なんでしょうか」
「私、今日でクビになったんですけど、どういうことですか」
「……」
どうやらドーナツ屋の雇われ店長は私という有能な人材をわずか数万円のお小遣いで売り渡してしまったらしい。
数万円……。あの男、私が前の職場で培った華々しいキャリアの数々を職務経歴書で確認しているはずなのにこの扱い。店長は字が読めないのだろうか。
「少しあなたとお話しておきたいことがありまして、店長からあなたをお借りしたのです」
「お借りしたって返す気あるんですか」
彼は私のその問いに対して品のよい笑みを浮かべただけだった。
チュロスの入った袋は景久さんに手によって後部座席に放り込まれてしまった。その手つきを見ているとどう見ても食べ物を扱っている様子には見えず、私はなんとなく、彼は自宅に帰ったあと、このチュロスを有沢さんに捨てさせるだろうなと思った。
「で、お話ってなんですか」
私は助手席で疲れたふくらはぎを揉みつつそう尋ねた。
「事務的なことと、それから大事なお話です。
まず事務的なほうの話ですが、結婚準備にあなたの着物やパーティードレスを用意したいと思ったのですが、サイズの採寸をさせていただきたいのです」
「……サ、サイズって。変な意図はないんでしょうけど、結婚前の男女がそんなこと!」
結婚前というのもそうだが、何より私は自分のサイズをこの男に把握されたくない。そ、そりゃ夫になる人なんだからサイズくらい知られても仕方がないんだろうけど、でもそれには心の準備ってものがいる。
「僕が採寸するのではありません。僕は服や着物に関しては素人ですのでちゃんと専門の方に採寸していただきます。それから、あなたのワードローブもいくつかそろえておきましょう。
今から予約しておいた店に向かいます」
「えっ、今からですか」
「はい。僕も当主になるにあたり、色々とやっておかねばならないことがありますので一緒に片付けてしまえる用は一度に済ませておきたいのです。
今日はたまたま体が空きましたのでいい機会だと思いまして。申し訳ありませんが店長さんにお願いしてあなたをお借りしたのです」
『お願いして』などといってはいるが、アレはどうみてもお願いした態度ではない。
「それならそうと先に言っておいてくださいよ……。まだ結婚まで時間だってあるのにどうしてそんなに急がなくてもいいと思うんですけどね」
そのとき、私のおなかがぐうと低い音を立てた。