【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
二時間後、私はぱつぱつのおなかをさすりながらゲップをこらえていた。
「おなかいっぱいです……」
景久さんお勧めの創作フレンチの店は、高速で隣の県の県庁所在地まで出向いて食べるだけの価値のある店だった。
味はもちろんだけれど、品がいいけれど堅苦しくない店の雰囲気も気に入った。
「そうですか。それはよかったですね」
彼は穏やかな笑みを浮かべて私の膝の上におみやげのキッシュとワインの詰め合わせを置いた。ご丁寧にレストランの名前を金字でプリントした紙袋には深紅のリボンまでかけられている。
「あれっ、これ」
「今日のワインと同じものを包んでもらいました。お母様にどうぞ」
数時間前、いきなり彼の車が高速に乗った瞬間には死を覚悟した私だけれど、現代のエベネーザ・スクルージは随分と紳士で、手早く私のサイズ計測を済ませるとすぐに女受けのよさそうなレストランに私を誘導した。
「なんか、すみません。いろいろごちそうになってしまって」
「いえいえ。 また時間を作ってご一緒しましょう。僕もあなたとデートができて楽しかったです」
その言葉を聞いて私は大きく目を見開いた。
「デ、デエエエトっ!?」
私があまりにも大きな声を出したせいか、今度は景久さんがその大きな瞳をさらに大きく見開いた。
「ええ、デート……のつもりでしたが、何か」
「い、いや……だって、普通、デートって婚約者を職場から強制連行するものじゃないですよね?もっとこう、和やかな雰囲気で待ち合わせて、食事中も『はい、あーん』とかするものですよね?少なくとも私はそういう認識なんですが!」
食事中も、景久さんが話していたのは「結婚したらこんな生活にしようね」などという結婚を前にしたカップルにありがちなものではなく、北条家の資産状況とか北条グループの今後の事業展開などがテーマだったように思う。話の主語はそのほとんどが「北条グループは」であって「僕は」ではなかった。正直な話、あまりにも興味のわかないテーマだったのでデートというよりは何かのセミナーに参加している気分だった。
それがデートだったとは。
景久さんは困惑したように眉根を寄せた。
「『はい、あーん』ですか……。さきほどのレストランではそういう食事は難しいかもしれませんね。個室を予約すれば出来ないこともありませんが」
「ちょっと!私があーんを要求したかのような言い方はやめてください、あーん、はあくまで一例です一例!そうじゃなくて、なんていうかもっとこう……」
いろいろと説明したかったのだが、突然この人に「恋人はかくあるべきだ」といった私の理想を語ってもむなしいだけだということに気がついた。
景久さんはいかにも女受けのよさそうな優男だが、しかし女受けのよさそうな優男が実際のデートで女受けのいいふるまいができるかというとそれはまた別の話なのだ。
「……いや、もういいです。世のイケメンイメージをあなたに押し付けた私が悪かったです。
というわけでもう結婚するまではあまり呼び出さないでください」