【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
しかし景久さんはなぜかそこで食い下がった。
「それは困ります。僕たちは夫婦になるのですよ。安定した結婚生活のためにも、僕たちはもっと互いの人となりを理解するための時間をとるべきだと思います」
「いや、もうお互いに話が合わないってことはわかりました。
ごはんはおいしかったですけどあなたの話は面白くないです。
普通ロンドンに留学していた経験があるのならロンドンキャラを生かしてロンドンの話をしますよね?ロンドンアイから見た風景とか!大英博物館に行った話とか!」
「ロンドンキャラ……ですか。あなたがそれほどロンドンに興味があるとは思いませんでした。ちなみに僕は大英博物館には行きましたが、ロンドンアイには行っていません」
ダメだこの人。私はロンドンに興味があるのではない。べつに話は何でもいい。ロンドンに限らず、子どものころはこうだったとかこんな事が印象的だったとかこんな事を体験したとか、そういう血の通った会話を期待しているのだ。
景久さんの人柄を通して見聞きした話ならば相互理解の役に立つし、私もそこそこ楽しめるだろうが、家業を語られても!毎日糊口をしのぐだけで精一杯の私に株価とか言われても興味ねーよと言いたいのだ。ふんふんと聞き流していたのは単に私がマナーを心得た大人の女だからであって投資に興味があるわけではないのである。
ご飯はおいしかったけれど、これから景久さんと食事をするたびに必ずセミナーがついてくるならちょっと今後のデートはごめんこうむりたい。
そりゃ嫁としては婚家の家業について少しは知っておかなきゃいけないだろうし、私もそれを意識して多少は北条グループのHPも閲覧した。けれど、これがデートだと主張するならばグループ云々よりもまず自分の話をすべきでは。
私は小さくため息をついた。
こんなことならまっすぐ家に帰ってバラエティ番組でも見ながらカレーを食べていればよかった。私はもうすぐ嫁に出て母の手料理を当然のような顔をして食べることは難しくなる身だというのに、何をやっているんだ。
「明日、また食事に行きましょう、今度はご要望通りロンドンの話をします」
景久さんは駄目出しをされたにもかかわらず、平気な顔をしてまた明日、と誘ってくる。お坊ちゃん育ちでいかにもな優男風なのになぜか打たれ強いらしい。よくわからない人だ。
「いや、いま結婚するまで呼び出すなって言いましたよね。聞いていました?」
「もちろん聞いていました。ですがこれといった用がないのならぜひご一緒させてください。あなたがロンドンのどんな話を聞きたいのかはわかりませんが、僕で分かることなら何でもお話しましょう」
うわぁ……。絡む気満々じゃないの。
私は昔から謎の健康食品関連の人やオーガニック化粧品、エステ関連などちょっと情熱的な人に絡まれやすい女だが、まさか夫になる人までこのタイプだとは思わなかった。
こういうときの対処法は一つ。
自分の意思を強く持つことだ。
「私はカレーを食べます、景久さん」
「理由を聞かせていただけますか。今の僕たちの関係において相互理解を深めるのは非常に大事なことだと思います。ですが、それよりも大事な事が他にあるのならそこを考慮してお誘いは控えます」
相互理解、か。
こんなビジネスライクな契約結婚に本当にそんなものが必要なのか、だんだん分からなくなってきたわ。相互理解を深めた結果、好きでも嫌いでもない相手が嫌いに傾くなんてことはよくあることだしねえ。
「私はもうすぐ嫁に行くんですよ。それもあなたの家の巫女さまを務めるために。
独身のうちに母の手料理の味を一回でも多く味わいたいし、一回でも多く家族と食卓を囲みたいんですよ。長く実家を離れていただけに、なんていうか、……里心ってやつでしょうか。
景久さんからみたらくだらない理由かもしれませんけど、今はそうしたいんです」
セミナーをデートと言い張る情緒の欠落した男にこんな事を言って鼻で笑われたらかっこ悪いわね。母の手料理を一回でも多く、なんてアラサーの人間が口にするにはいささか勇気のいる心情だ。
しかし、私の予想に反して彼はそんな私を鼻で笑うことはしなかった。