【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「なるほど。僕は早くに家を離れ、自分の家族と縁が薄かったのでその発想はありませんでした。
他家に入るあなたに配慮が足りず、申し訳ないことをしてしまいましたね。
しかし、ご家族と別れを惜しむ時間も大事ですが、結婚生活を円滑に進める相互理解のための時間も必要です。
今後のデートの進め方について少し話し合う必要がありますね」
笑わないんだ。
食事中のセミナー行為にうんざりしていた私は彼のこの返答にほっと息をついた。
不思議な人だ。
女のように繊細な美貌のせいで、彼には優男風の性格を期待してしまいがちだけれど、実際にはそうではない。
けれど、心を閉ざした冷酷無比な男かというとそれも違って、人の心に寄り添おうという気持ちがないわけではない。
悪い人ではない。
彼との結婚を決めたときに、なんとなく感じた安心感がまたよみがえった。
景久さんというひとはとびきり優しいわけではない。けれど人の心を汲もうとする意思はどこかにあるらしく、ちゃんと言葉にすればそれが自分の計画を乱すものであったとしても、ちゃんと考慮してくれるらしい。
お金で買った妻の気持ちなんて、ないものとして扱うことだって出来るのに。
強引なやり方で私をクビにしたくせに、変なところで気を使う。
変な人だ。
でも、私はこういう人にいらいらすることはあっても、……たぶん、嫌いじゃない。
「そうですね、話合いは必要でしょうね」
私はあきれてそのまま助手席のシートにもたれた。ふかふかのシートは慣れない仕事と謎の『デート』でつかれきった私の体を優しく受け止めてくれる。途端にまぶたが重くなる。
眠っちゃいけない。
慌てて体を起こそうとすると、景久さんはそれを押し留めた。
「お疲れなんですね。どうぞ、僕に遠慮はしないでください」
景久さんに遠慮しているのではなく、慣れない相手の車で寝顔をさらすのは女の子にあるまじきはしたないこと、という意識があるからだ。もう年齢的に女の子ではないがとにかく私にだってそういう女らしい恥じらいというものがあるのだ。
彼が車のエアコンの角度を下げた。足元に温かい風が当たり、気持ちいいな、と思っていると急に抗いがたい眠気が私を飲み込んだ。