【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「美穂さん」
いつの間にか眠っていたらしい。
目を開けるとあたりは町中の街灯の光も感じられず、妙に暗い。
あまりに周りが暗いので景久さんの顔もあまりよく見えない。
「ここ、どこですか」
「あなたをご自宅にお送りする前に、少し話をしようと思いましてちょっと寄り道をしました」
だからってどうしてこんなひと気の無い所に停車してるわけ……?
私は体を起こして、窓の外を見回した。
どうもここは山の中のようだ。はるかかなたに街の明かりがぽつぽつと見える。
車の中に私と景久さん、二人きり。
今までずっとそうだったし、私など居眠りまでしたいたわけだけれど、急にその事実が生々しく感じられた。
ま、まさか……結婚前に私の体を味見しようってんじゃ……?
私は両手で自分の体を庇うようにぎゅっとだきしめた。
私達は結婚するんだから、若い景久さんがそういう気を起こしたとしても責めるほどのことではないのかもしれない。でもそんな世間の婚約カップルみたいなノリでこられてもこっちはそういうつもりはしていないわけで!!
「な、なんのお話ですかっ、へ、変なことしたら……」
通報しますよ、という私の言葉を遮るように、景久さんは答えた。
「朱雀様のことです。
あの日、おそらく彰久はあなたに余計なことを言ったでしょう。絨毯に彰久の足跡が残っていました。あの家で日常的にスニーカーをはくのは彼だけですから、すぐにわかりました」
あの日。
彰久に偶然再会した日のことを言っているのだ。
「……」
私は彼を邪推した自分の心の汚れっぷりに一人で顔を赤らめた。
そ、そうよね。景久さんならもっときれいな女性がよりどりみどりなんだから、あえて私みたいなのをこんなところで襲ったところで何のうまみがあるっていうのよ。全く、早とちりなんだから。
景久さんは自分を恥じている私の気持ちに気付いているのかいないのか、そのまま話を続けた。
「彼は僕から逃げろ、と言いましたか」
「……」
私は彼の話したことについて自分の口から景久さんに告げる気はなかった。
「でもあなたは逃げないし、彰久と特別に連絡を取っている様子はありませんね。
なぜですか」
私は少し考えてから答えた。
「三千万も受け取っておいて、泥棒みたいに逃げるのは、好きでもない人と結婚するよりも卑しいことだと思うからです。たとえ、あなたが逃げた私に返金を特に要求しなかったとしても。
それに、私が上手く逃げたとして……あなたと彰久、それにこの地元に残る私の家族はどうなるんですか?
あなたたちの怖がっている朱雀様は、北条家にいったい何をするんですか。あなたは逃げた私の家族にどんな報復をするんですか。
それがわからないうちは勝手に逃げ出しても、あとで絶対に苦しむことになると思うんです。
実家の家族はもちろん私の後悔の種になるでしょうし、あなたたちだって。……心配というか気になるというか……。読みかけの本をそのままなくしてしまったような……」