【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
景久さんはそれを聞くと、少しの間、言葉を選んでいるようだった。
やがて顔をあげると、彼はそっと私の手の上に自身のそれを重ねた。
「あなた、本当に損な性分ですね」
彼の瞳が優しい光を帯びている、ような気がして私は突然自分の口にした言葉が恥ずかしくなった。
「は?私は自分の利益だけのために生きるクールな女ですけど。今こうして逃げずにいるのだって、私自身が家族を心配してのことですし。あなたの事や彰久のことはあくまで『ついで』です!朱雀様と北条家の関係の異常性もちょっと民俗学的な見地から興味があるような無いような!!」
彼はふふ、と笑った。彼が声を出して笑うのは珍しいことだ。
「読みかけの本、と言いましたが、この本を読み終わるころには、あなたは老婆になっているかもしれませんね。 一生を賭けることになるかも……」
「……そうかもしれませんけど、あなたたちがこんなに朱雀様に翻弄されているのが私から見れば不思議だし、善良な市民として、あと朱雀様信仰を知る神子の一人として、できれば手を差し伸べるべきではないかと思ったんです。
これはカンなので、確かな根拠は無いんですけど、朱雀様って……たぶん、あなたたちが思うようなものじゃないと思う……」
景久さんは小さくため息をついた。
「ご実家の事はともかく……何の義理も無いあかの他人である僕と彰久の為に、よくそんなことをしようという気になりますね。
あなたは本当に情の深い人です。その情があなたの首を絞めるのでしょうけれど、僕はそんなあなたの情につけ込まなくてはならない自分の立場と朱雀様が恨めしいですよ」
「朱雀様のことがなかったら私たち、出会うこともなかったと思いますよ」
「そうですね……。別の出会い方をしていたらなんて、考えるだけナンセンスですね。
でも、こんな出会い方をして一生を過ごさなければいけない相手があなたで、僕は幸いです。
世の中にはいろんな人がいます。
僕が僕の伴侶として出会った人は、恋を伴わずに結婚する相手としては最上の部類に入ると思いますよ」
「私と結婚なんて……大抵の男の人は……嫌がると思いますよ。ブスだし年増だしデブの癖に胸は普通だし……」
「美醜の感覚は人それぞれですが、僕はあなたを醜いと思ったことはありませんよ。女性の胸にもこれといって特にこだわりはありませんし」
「ファアアアアア!」
私は耳を塞いでのけぞった。
女性の胸にこだわりはないって……じゃあどこよ!どこに興味があるのよ気持ち悪い!!
それってつまり お 尻 派 ですか?そうなんですよね?
欧米に多いといわれるお尻派……。留学しているうちに染まっちゃったのね……。いや、あなたがお尻派でも別にそこは個人の自由だけど、景久さんは中年女の尻がどんなものかその実態を知らないんだと思う。
若い女の体しか知らない景久さんは知らないだろうが、女の体で胸より先に崩れるのはお尻なのよ!なぜかって言うとお尻は本人の後ろ側についていて、目視での確認が出来ないから普段のケアが行き届かないものなのよ!素人の年増の服を剥いで出てきたお尻がグラビアのそれと同じだと思わないほうがいいわよ。
「なんですか、突然大声を出して」
私は涙目で景久さんをにらんだ。
「景久さんみたいな優男が胸とかお尻とか言わないで!!こんな私にも異性に対する幻想というものがあるんです!夢は壊さないで!!」
「優男、ですか。
僕はあなたの夫になる男ですよ、そうそう取り繕ってばかりもいられません」
言いたいことはもちろんわかるわよ、でも結婚前くらいは夢を見させて!
景久さんは呆れたように私を見つめていたが、やがてゆっくりと話を切り出した。
「僕の個人的な嗜好の話はともかく。
じつは、あなたにまたお願いをしなくてはいけなくなりました」
嫌な予感がした。私はもともと寛容で細かいことにこだわらない女だが、お尻関係のお願いは聞けない。