【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「嫌な予感しかしないので聞きたくないです帰っていいですかタクシー!タクシーを!!」
私は叫びながら助手席のロックをはずそうとした。が、その私の手に景久さんの手が重なる。
「こんな山道にタクシーなんか通るはずがないでしょう」
「ぼ、暴力には屈しませんよ私は。イギリスではどうか知りませんけどこれは犯罪ですよ日本の法律の厳しさを身を持って味わいたいんですか」
彼はそんな私の言葉を無視して勝手に話し始めた。
「婚儀の時期がきまりました。なるべく早く……。入籍はもっとあとでもかまいませんが、北条の家に入っていただき朱雀様のお世話を始めていただくのは一ヵ月後です」
「はあああああ?急すぎません!?いくら金で買った女だからって扱いがテキトーすぎるでしょう!」
「金で買った……、ですか。
あの三千万を払ったから、だからあなたに横暴な振る舞いをしてもいいと思ってこんな事をお願いしているわけではありません。
婚儀が早まったことは申し訳なく思っていますが、朱雀様の力が弱まっているので早く巫女さまをお迎えする必要があるのです」
なんだよ朱雀様の力って。気持ち悪いな……。
「朱雀様の力ってなんなんですか、また杉林でも枯れましたか?」
「いえ、当主が痛風の発作で入院しました」
「飲みすぎか蟹の食べすぎでしょ。それ」
「それと、彰久が補導されました」
「それは素行が悪いのでは……」
「僕も夢見が悪い」
「メンタルの病院にいってください」
くだらない。まじめに聞いて損したわ。何が朱雀様の力よ。
「冗談はそのくらいにして、」
景久さんは口をへの字にして肩をすくめた私を見て苦笑した。どうも当主が痛風のくだりは彼渾身のユーモアであったらしい。
金持ちの考えることはよくわからん。
「我が家に入っていただく件については打診ではなくすでに決定です。
一ヵ月後、巫女さまとして正式にあなたの住居を我が家に移しますので、持ち物を整理しておいてください。
今のようにあなたを自由にさせておいたら、彰久と一緒に駆け落ちでもしかねない」
「はああああ?彰久って……彼は高校生ですけど?」
「17歳の高校生だからこそ、彼は結婚という正当な手段で巫女さまを得ることは出来ないのですよ。だからこそ、本来相続権の無い僕が北条家当主になるのです。
彼があなたを誑(たぶら)かして僕とあなたを結婚させないまま一年間逃げることができれば、彼はその時点で十八になり正式にあなたの夫になることができます。巫女さまを妻にした彼は北条家の正当な当主になることもできる」
私ははっとして景久さんを見つめた。
冗談でこんな事……言わないわよね。じゃあ、本気で言っている、のか?
「ほ、本気で言ってるんですか……?あの子がそんなこと」
「するわけない、ですか?十年は決して短く無い年月です。
あなたは今の彰久が何を考えているのか分かるほど彼と親しいのですか。
そうではないでしょう?」
景久さんは品の良い口元にうっすらと笑みを浮かべた。その表情はどこか酷薄で、……『ハゲタカ』『ハイエナ野郎』『現代のエベネーザ・スクルージ』という彼のロンドンでのあだ名を連想させた。
「彰久は、いい子ですよ……」
「見方によってはそうでしょうね、否定はしません」
彰久はそんなことを考えて私を逃がそうと考えたんじゃない。強く否定しようとすればするほど心の中に黒い疑念が広がる。私は彰久のことをほとんど知らない。
私と彼の付き合いは短く、彼が小学生だったときに一回だけ家庭教師という立場で夏休みを一緒に過ごしただけだ。十年ぶりに彼の姿を見ても、咄嗟にあの時の彰久と目の前の少年が同じ人物だとは気付きもしないほど。
彼はそんな子じゃない。
そう思えば思うほど心の中が重くなっていく。