【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
八万もあれば雑誌にのっているような有名メンズブランドの服が買えるだろうに、どうしてわけのわからない通販サイトでパイソン柄のセットアップを買うのよ!しかもこんな、着る人を選ぶ濃い紫なんて。本気で似合うと思って買ったのかしら。
「あんたダサいわよ」
これが他人なら何も言わないだろうけれど、私はさすがに血の繋がった姉なので言わせて貰う。私とそっくりな顔で変な服を着ないで欲しい。
「うるせーな、仲間内じゃ似合ってるって言われるんだよ、東京のセンスを振りかざすんじゃねーよ」
いや、東京のセンスじゃなくてこの地元でだってそんな悪い意味で派手な格好をしている人は居ないわよ。
「この服はなぁ、特注で俺らのグループの名前を入れてもらった特別な服なんだよ、まあ俺らの礼装ってヤツだな」
春彦の示した胸元には『†堕天子乃骸†』と金糸で大きく刺繍されている。多分『堕天子』ではなく『堕天使』と書きたかったのではなかろうかと思うがどちらにせよ気持ち悪いグループ名だし、小学生レベルの漢字で間違いをおかして、その上その小学生レベルの間違いを指摘してくれる知り合いもいない……という弟も不気味だ。
わが愚弟はデキ婚でもうすぐ父親になるというのに年々落ち着きがなくなっていっているような気がする。
母はけがをした自分の手を眺めてため息をついた。
「ああ……。あんたたちは姉弟そろって……。
やっぱり朱雀様のお社だけは絶対になんとかしなくちゃね」
私は母の荒れた手をみてそこから目をそらす。魚市場のパートは朝が早い。夏はともかく冬はとにかく寒く、手も荒れる。
弟がいるからと実家の事を顧みず、気の向いたときだけ帰省していた私には実家の惨状をどうこう言える資格はない。
長男が家にいるとはいってもその長男が『堕天使』を『堕天子』だと思っているようでは母の老後もぼんやりと暗い、ような気がする。
実家で失恋の傷を癒したらすぐに東京に戻って仕事を探すつもりだったけれど、やはり私も地元で仕事を探したほうがいいのかな。
「お社なんて一番最後でいいでしょ。母さんの医療費を優先しなよ。私もすぐに仕事を見つけるから心配しなくていいよ」
母に優しい言葉をかけるのは苦手だけれど、かろうじてそんな親孝行めいたことを口にすると、何が逆鱗に触れたのか、母の目が吊りあがった。
「あんッたはまたそんなこと言って!ホラ早くお社の掃除しておいで!」
母は私がお社をないがしろにするとすぐに顔を赤くして怒る。ったく、私は八歳のときから二十年以上お社の「巫女さま」を務めているが、マジで何もしないぞあの神様は。
30年も母の娘をやっているが、未だに母という人がわからない。
私はふてくされつつ、無職で暇なのでお酒とお米を持って我が家の庭に設置されたお社の世話を始めた。
最後にお社のお世話をしたのは確か去年の年末だったと思う。
久しぶりに見るお社は鳥の糞と砂埃にまみれていて、巫女さまの立場の私がどれだけお世話をサボってきたのかをご近所に見せ付けるかのようだった。