【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「中で何をやっているんですか」
しゃべってはいけないのだろうかと戸惑いながら小さく側の女の人に問いかけた。
するとしゃべってはいけないという決まりはないらしく、女性はすぐに答えてくれた。
「妻問いの儀式でございます」
「見に行ってもいいですか?」
女性はいかめしい表情を驚きに変え、目を大きく見開いて絶句した。
「申し訳ございませんが、これは婿さまが朱雀様に巫女さまへの妻問いのお許しを頂く儀式ですので、巫女さまがご覧になることが出来るのはここまででございます」
なんだ、つまらないな。狩衣姿なんてめったに見られるものじゃないんだから近くで見たかったのに。
「じゃあ巫女さまはわざわざここに参加しなくてもいいじゃないですか」
「……いえ、あとで婿様から巫女さまへ、贈り物と御文が届きます。これに巫女さまがお返事をしたためて巫女さまの今日のお役目は終わりでございます」
ふうん……。つまり手紙に返事を書けばいいのね。私は頷いてなんとなく部屋の隅を見た。すると几帳の陰に隠すようにして文机があり、その上にはきれいな桃色の紙と、そして硯と筆が用意されているのに気付いた。
「え……毛筆、ですか?」
「はい」
毛筆なんて小学校でやって以来だ。別に字も上手くない。
まったくこの家は……。どうしてあらかじめこういう儀式をやるからちゃんと毛筆の練習をしておいてね、と一言言っておかないのか!昔の巫女さまにとって毛筆は必修項目でも、私は現代人で、毛筆どころか、最近はPCやメールでばかりものを書いていて、ペンすら持つことは稀だ。
「そんな、毛筆なんて聞いてません!」
「お返事はこちらでご用意いたしましたからそれを紙の下に敷いて紙に書き写してくださるだけで結構でございます」
「……」
写すだけ、か。それならまあなんとかなるかも……。
しばらくすると、やはり着物姿の女性二人が婿様からの贈り物と、そしてみごとな紅葉の枝にくくりつけられた結び文を捧げもってこちらにやってきた。
私のそばにずっと座っていた女性が文だけを受け取って私に手渡した。
「……」
目もさめるほど赤く色づいた晩秋の紅葉を手にして、私は言葉も出なかった。
ただ手紙を渡すだけなのに、美しく、どこか切ない紅葉の燃えるような色を添える。その感性の気高さは現代の生活には無いものだ。
文を受け取って呆然としている私に、女性が小さく囁いた。
「開けてご覧ください」