【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
私は儀式が終わって少しほっとした雰囲気の北条家本邸に戻り、大きな客間でお茶を頂いていた。茶菓子には丁寧に作ったおはぎ。砂糖ではなく優しい甘さが口に広がり、おはぎってこんなに繊細な味だったのかと驚いた。
前回、期せずしてクレームをいれる結果になってしまった繊細なティーカップは私の前に出さない決まりになったのか、今日出された茶器は肉厚でどっしりとした雰囲気だ。
人の家でお茶をご馳走になったのにティーカップに文句をつけるなんて、私ったらなんという失礼なことをしたのかしら。
私の働いた無礼をとがめることもせずに黙っておもてなしをしてくれるこの家の人たちの立派な心がけを目の当たりにすると自分の卑しさがよりくっきりと際立って恥ずかしいわ。
その時、丁度この家の家令である有沢さんがお茶を入れ替えにやってきた。
「美穂さま。今日はお疲れ様でございました。景久さまはもうすぐにおもどりになります」
彼はそう言って私のお茶を下げる。
非礼を詫びるチャンス。
私はソファから立ち上がった。
「有沢さん」
「はい」
彼はいきなり立ち上がった私に何事かと目を瞠る。
この年になって自分のマナー違反を詫びることになるのはとても恥ずかしいことだ。けれど、ちゃんと謝罪しておきたい。有沢さんにはなんの罪もないんだもの。
「あ、あの。ティーカップのこと、申し訳ありませんでした。せっかく紅茶を出してくださったのに、ティーカップに文句をつけて……あ、あれは文句のつもりじゃなかったんですけど、でも、下げていただく結果になってしまって、ホントごめんなさい」
彼はすぐに穏やかな笑みを浮かべる。
「いいえ、私が気の利かないことをしてしまったのでございます。
私はこの年になるまで生まれた土地を離れたことも無い田舎者でございますので、気の利かないことでございました」
「違うんです、有沢さんは悪くないの、ティーカップもオシャレで素敵だと思いました。でもあんな繊細なカップ、もし落としでもしたら絶対に壊れちゃうから怖くて触れなかっただけなんです。ごめんなさい。
私の父は漁師で、母も漁港の早朝パートで、うちは豊かではなかったけど両親は苦労して私を精一杯育ててくれました。
……でも、私……たぶん、あんまり上品には育ってこなかったし、大人になってからもあんまり品とかマナーとか、意識もせずに生きてきたんです。マナーを学ぶチャンスはいくらもあったのに。あんな素敵なティーカップ、ショウウィンドウで眺めたことがある程度で触ったこともなくて。
有沢さんもティーカップも北条家も悪くないんです。
せっかくおもてなしをしてくれたのに失礼なことを言ってごめんなさい」
有沢さんは黙って私の話を聞いていた。
私は話しながら、私なんかよりもはるかに上品な目の前のおじさんをこれから使用人として遣っていかなければならない自分の苦悩を思った。有沢さんは品がよく、私の何倍も聡明そうな顔をしている。こんな人に使われるならともかく私が使う側とは。使う側の私がこれだけ萎縮するのだから有沢さんの心中を思うと怖ろしくなる。
「美穂さま。
美穂さまは北条家の巫女さまをおつとめになる大事な御身でございます。有沢ごときにそのようにして仰る必要は無いのですよ。北条家の中にあるもの、すべて巫女さまの胸先三寸でどのようになさいましても有沢は何も申しあげませんし、そのようにしていただいて当然だと思っております。私の勤めは巫女さまと北条家の方々が滞りなくお暮らしになるお手伝いをさせていただくことでございますから」
彼はそこで一呼吸をおいて、そしてにっこりと笑った。