【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「使用人の立場でこのようなことを考えるのは僭越でございますが、美穂さまは有沢の不調法をお聞き捨てくださるものと信じて申し上げます。
私は美穂さまが景久様の巫女さまとなられたこと、心から喜んでおります。美穂さまは必ずや景久様の御為(おんため)になるお方でございますから」
私は呆然として有沢さんの顔を見つめた。彼の目には使用人のお追従を超えた温かな好意がにじんでいるような気がしたのだ。
礼儀も常識も無い嫁が来たこの家と景久さんを心配しているであろうと思われた彼は、なぜこんなに私を評価してくれるのだろう。
その時、部屋のドアがノックされた。
私ははじかれたように顔を上げた。有沢さんはさっとドアを開ける。
「美穂さん、お待たせして申し訳ありません。少し儀式が長引いてしまって」
そう言いながら部屋に入ってきた景久さんはまだ着替えを済ませておらず、鮮やかな萌黄の狩衣姿のままだった。
私は不覚にもその艶やかな姿に目を奪われてしまった。
元々髪も目も肌も色素が薄く繊細な美貌の持ち主である景久さんは、その儀式用の衣装を着ることで数段美しく鮮やかになっている。
本当に平安時代の貴公子みたいだ。古文の授業で習ったような、匂いたつような美しさというのはこういうことを言うのだろう。
「すぐに着替えてお送りします。
どうしました」
彼の姿に目を奪われ言葉もなく立ち尽くしている私の様子に景久さんはさすがに声をかけた。
「いや……イケメンなのは知ってましたけど、……なんか……きれいですね……」
ああ、自分の貧しい語彙が悲しい。この貴公子を前にして『イケメン』と『きれい』の二つしか出てこないなんて。きれいはともかく『イケメン』って。今の彼の姿にこれほど釣りあわない言葉はないわ。
景久さんは一瞬有沢さんのほうを見たけれど、有沢さんはそれまでと変わらない湖面のように静かな微笑を浮かべている。
「それは……お気に召していただけたようで光栄です。
すぐに戻りますのであと少しお待ちください」
私はそのまま忙しそうに出て行こうとする彼を呼び止めた。
「あ、景久さん、忙しいなら別に自分で帰れますからいいですよ。ここ、坂の下まで歩けばバス停があるでしょう」
この北条邸は『北条屋敷前』というバス停の名前にもなっているのだ。
「……いえ、お急ぎで無いなら僕がお送りします」
お急ぎではない。どこかのバカ当主のせいで私はドーナツ屋をやんわりと解雇されてしまい、私はフリーターから完全なる無職に戻ってしまったのだ。
「誰かさんのせいで無職だから暇は暇ですけど」
私はその一言に渾身の皮肉をこめたつもりだったが景久さんはそんなもの屁でも無いらしく、忙しそうに答えた。
「そうですか。では15分後に」
皮肉もわからないくらい忙しいのか。
私は肩をすくめて有沢さんが入れ替えてくれたお茶を飲んだ。