【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
景久さんに送ってもらって帰宅すると、玄関にかよちゃんが走ってきた。
「か、かよちゃん、アンタ赤ちゃんがいるんだから走っちゃだめだって!」
しかし彼女は私を無視して言った。
「あの、お姉さんにアイドルみたいなお客さんが来てて」
彼女は私の結婚の話が決まってから、私を『お姉さん』と呼んでくれる。少しは雑談にも応じてくれるようにもなった。
……無職で実家に寄生している小姑は『お姉さん』ではないが、名家の奥様ならば『お姉さん』なのかという気もしないではないが、やはり私も嫁ぎ先に無職の高齢小姑がいたらちょっと複雑なものがあるので何も言えない。
「あ、あいどるの、お客さん?」
咄嗟に私はSNAPを連想した。私の青春は彼らとともにあった。アイドルといえば私の中ではSNAPなのだ。
「はい、お姉さんの新しい恋人だっていってて、リビングに通しましたけど……」
「ヤダ、恋人なんかいな、」
言いながら居間をのぞきこんだ私は絶句した。
目もさめるような美少年が我が家のコタツに我が物顔で足を突っ込んでいる。
そしてなぜかカツカレーをむさぼり食っている。
生活用品がゴチャゴチャと転がった狭い我が家の居間に雑誌のモデルのような細身の男の子が居るっというだけでかなりの違和感があるが、その上カツカレーって。それは我が家の夕飯ではないのか。
彼はなぜか春彦のジャージを着てちょっと長めの染めた髪を私のシュシュでまとめ、右手には怪我でもしたのだろうか、包帯を巻いている。
「うめー。おばさん、これおかわりある?」
母は目もさめるような華やか美少年にカツカレーを評価されて上機嫌である。
「まあまあ、いくらでもおかわりしていってねー。あ、おでんもあるわよ」
「あーじゃあ大根と卵とはんぺんがいいな、ある?」
お前はこの家の息子かと問いただしたくなるようなずうずうしさで私の指定席に座っているのは彰久だった。
しかしいらだっているのは私だけ。母は愛想よく彼の言葉に答えて鍋の中の卵を探している。
ちょっと待てうちでは卵は人数分しか入れないはず……!
「あ、彰久……」
「やっぱり知り合いなんですね」
かよちゃんは私の耳にそっと囁いた。
「あの人、お姉さんの彼氏だっていってましたけど、お義母さんには伝えてませんから」
かよちゃん、あんた偉いわ。今までは嫌われているのかと思ってたけど、とっつきにくいだけで全然そんなことなかったのね!
感動しかけたところで彼女は冷たく言った。
「とにかく、結婚を控えているんですから身辺だけはきちっと整理しておいたほうがいいですよ、いまさら破談とかやめてくださいね。伯母が高校生を相手に淫行なんておなかの子の教育にも悪いんで」
い、淫行。
「ち、違うのっ、かよちゃん、あのね、彼はそういうのじゃないの」
どう見ても高校生の美少年がアラサーの小姑を恋人だと主張して家にあがりこんでくる。この家の嫁の立場としては悪夢である。
なぜなら私の結婚は普通の結婚ではない。この地域を牛耳る北条家次期当主との結婚なのだ。もしこの結婚が破談にでもなったら、この家の嫁であるかよちゃんは当然スーパーでも市場でもヒソヒソクスクスされる立場になることは必至なのだ。
「言い訳とかいいですから。……ことと次第によっては縁切りも考えてますからね」
彼女はそう言い捨てるとぷいっと勝手口から出て行ってしまった。
「……」
いや、誤解だって……。しかしそう説明したい相手はすでに勝手口から出て行ってしまった。
彼女が心配する気持ちはわかるのよ?この土地一帯の名家である北条家の当主の弟と結婚するはずが、高校生と淫行して破談なんてもう家族全員この土地に住めなくなっちゃう。
春彦は高校中退後、漁師一筋で生きてきたのに、この土地を離れるとなったらどうやって生きていけばいいのか。彼女はきっとそれを危惧しているのだろう。
もちろん私と彰久が恋人関係だなんて真っ赤な嘘である。しかし彼女の立場ではそれが本当か嘘かなんてわからない。わかるのは私の周りに怪しげなイケメンがうろついているってことだけ。
あちゃー。また春彦に迷惑かけちゃうな……。
私は額に手を当てた。