【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
彼ののんびりした態度に焦れた私がそう切り出すと、彼は私のフリーザーバッグに入れた通帳数冊をベッドの上に放り出した。
なにやら見覚えのあるフリーザーバッグである。
「これが本当のお土産。バッグとか家財道具はもう売り払われて取り戻せなかった。ごめんね」
「……」
私は震える手でそのフリーザーバッグを手に取った。
あけてみるとそれは確かに私の通帳だった。貯金もひとつは全額引き出されていたが、もうひとつは暗証番号が分からなかったのだろう、手付かずで残っていた。
「彰久……どうして」
彼は何でも無いというように肩をすくめた。
「北条一族の結婚相手になる人間はみんな経歴その他、すべて調べられるんだよ。巫女さまを選定する場合は特に厳しく調べられる。昔は男と付き合ったことがあるだけで選定から漏れたみたいだけど……今回は特例だな。
何しろアンタのほかに巫女さまの資格がある独身の娘は今9歳の小学生だから」
私は頬を赤らめた。昔の彼氏を全部調べ上げられるなんて恥ずかしすぎるだろう。
「そういうの、プライバシーの侵害っていうのよ?
まったく、恥ずかしいことをしてくれるわね!!」
「何から何まで調べ上げられて恥ずかしいで済むあたり、あんたももううちの家に毒されてるんだな」
「……景久さんも当然このこと知ってるんだよね」
「そりゃそうだろ。でもあいつは気にしないと思うよ」
「だよね」
私は取り繕うようにそう言って彰久から目をそらした。
そうだ。景久さんが私の過去を知ったからって何を気にする必要があるってのよ。
私たちは別に恋愛をして結婚するわけじゃない。私の過去にどんなことがあったとしても巫女さまである私を返品するという選択肢は景久さんの中には無いし、私としては過去のことが問題になって破談になったとしても別に痛くもかゆくも無い。
でも、どういうわけかあの潔癖そうな景久さんに私の元彼のクズっぷりを知られていると思うと恥ずかしいし情けない。数ヶ月前はそんな彼に夢中だったくせにね。
「なあ」
「ん?」
「アンタ、どうして元恋人の窃盗について被害届を出さなかったんだ?出せばもう少し早く金は返って来ていたと思うけど」
「……」
私は曖昧に微笑んだ。
それは私の駄目なところだ。そして弱さだ。
でも、彼とは何年も付き合っていた。一緒に暮らしていた。そんなに贅沢はできなかったけど、一緒に家でDVDを見たり、スーパーで買い物をして二人で料理をしたり、楽しく過ごした思い出がたくさんある。
私がこの楽しかった日々を覚えているのと同様、彼だってきっと覚えているはずだ。
もう私とよりを戻す気は無いにせよ、少し落ち着いたら彼だって自分のやったことを後悔するはずなのだ。だって彼は根っからの悪人と言うほど心の強い人じゃない。良くも悪くも弱い、流されやすい人というだけなのだ。
だからきっと、いつか自分のやった事の重さに耐えかねて、彼は私に助けを求めてくる。そう思ったのだ。だからだろうか。彼の裏切りを糾弾しようという気は不思議と起きなかった。彼を犯罪者にしたくなかったのだ。
彰久は言葉を濁した私を呆れたように見つめた。
「いまさらこういうこと言っても、あんたが傷つくだけだと思うけど、……あいつ、腹のでかい女を連れてた」
「……そっか……」
それを聞いたとき、さすがに少し傷ついたけれど、一方でああ、やっぱりという気がした。
弱い人なのだ。普通の方法で別れ話を切り出すこともできないほど弱い人なのだ。
馬鹿だとは思うけれど、私はやっぱり被害届を出さなくてよかった。
そう思った。