【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「あいつ、クズだぞ」
彰久は何かを思い出すように包帯を巻いた手を開いたり閉じたりした。
「その怪我、あの人がやったの?」
「いや、ちょっと殴りすぎただけ」
「……」
この子は。自分が犯罪者になるとわかっててこれを実行したのだろうか。どうしてそこまでやるのだろう。
「怒ってるね。
……そこは感謝の気持ちをキスで表すところじゃないの?」
彰久はいたずらっぽい表情を浮かべてベッドに腰掛けた。
「どうして、こんなことやったの。わざわざ東京までいって。私、別にお金は……」
「困ってないとでも言うつもりかよ。金の為に古い、因習でがんじがらめの家に嫁ぐくせにさ」
「……」
「俺は北条家が嫌いだ。なくなればいいと思ってる。朱雀も、朱雀のもたらした富も含めてな。
俺はアンタの結婚に横槍を入れて自分が当主におさまろうってんじゃない。
このまま巫女さまを失ったまま、滅びればいいと思ってる。
あんた、自分の金なら使えるんだろ。それで景久に借りを返して逃げろ。あんたまであの家に巻き込まれたんじゃ俺はあの家を見限れない。だってあんたには恩あがるものな」
「どうして、……どうして自分の家が嫌いなの」
彼は大きな瞳で私を見据えた。
「親父も、母親も、朱雀様の乗っかったあの家に縛られてろくな生き方ができなかった。人間の親らしいこともできなかった。
母が生きていたからっていまさら甘える年でも無いけど、それでもやっぱり親は親。いなくなると悲しいよ。決定的になるからさ。……俺が要らない子どもだってこと。
たぶんこの家に入りさえしなきゃ母はあんなじゃなかっただろう。父ももっとマシな男だったろう。
人をつぶすような家は無いほうがいいんだよ。
って、あんたにはわからないか」
そう言って少し寂しげな微笑みを浮かべた彼は、とても17歳の高校生には見えなかった。まだ何かを諦めるような年ではないのに。
なぜそんな顔をするのだろう。親に不満があればぶつければいい。誰だって親となる以上、そのくらいのことはみんな覚悟しているし、どこの親もわが子ににあれをしろこれが欲しいって駄々をこねられてはじめて親になれるのだ。
「彰久の生い立ちがちょっと他とは違うのは知ってるけど、それが朱雀様のせいだって言うの?
あんたたちが勝手に朱雀様を意識して、勝手に自分たちをがんじがらめにしてるってことは無いの?
……私にはそう見える。神様がなんと言おうと、親子は親子でしょ」
彼はちょっと笑って自分の大きな瞳を人差し指で示して見せた。
「俺も、去年まではそう思ってたさ。朱雀さまなんかに縛られて、馬鹿な親だって思ってた。
でも……本当は違った。
景久だけじゃない。俺も、もう朱雀様に目をつけられてる。
朱雀様からみればまだ結婚できない年齢の俺でも当主候補であり、北条の男なんだ。逃げられない。だったら家ごと祟りをつぶすしかないじゃないか。
俺は……、俺はまだ諦めない」
「……」
彰久の目には深い苦悩がにじんでいた。
高校生にもなる男の子がこんなに朱雀様を怖れているなんて。
「朱雀様をそんなに怖れるなんて、おかしいよ。
朱雀様に目をつけられるってどういう意味?
彰久にはもちろん当主の資格はあるんだろうけど、でも景久さんが今は当主候補なんでしょ?」
「ああ。朱雀様が婿として目をつけているのは景久だ。でも人間は弱い。何があるかわからないから巫女さまの婿は一人じゃない。
たぶんあんたにはまだ分からない。今、口で説明したってあんたは俺を笑うだろう。でもいずれ、あんたにも分かる」
「……」
彰久は包帯を厚く巻いた手を私の手に重ねた。