【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「あんたがまだ朱雀様の恐ろしさを知らないなら、あんたはまだ逃げられるんじゃないかって思ったんだ。
あんたにはこんな家とは無縁で居てほしい。
俺がいずれ、北条家をつぶすけど、それまで……ペットボトル爆弾を投げて笑っていたあんたでいてほしい。
難しいことだと分かっているけど、美穂はこんな家に巻き込まれちゃいけない人なんだ」
「金さえ返せば逃げる気になれるというなら……これで逃げてくれ。前も言ったけど、これで足りなきゃ金は俺が出す」
出すって、高校生が何を言っているんだろう……。いや、あの北条家の現当主長男だから、お金の事情は普通の高校生と違うのかもしれない。でもどちらにせよそのお金の出所は……。
「……」
私はうつむいてフリーザーバッグにはいった通帳を見つめた。
逃げる。
景久さんは金の問題じゃないといっていた。お金を返しても、私との婚約は解消しない、と。たぶんこの地域への北条家の影響力を考えたらそれは不可能じゃないだろう。
「逃げたら……家族が」
パートの母はまあ別の土地にいっても生活していくことは可能だろう。でも春彦はそうはいかない。春彦は漁師で、漁師が生まれ育った街を捨てて船を捨てて、自分の漁場を捨ててどこか別のところで生きていくっていうのは想像以上に難しい。かよちゃんだって春彦についていくなら実家を捨てることになる。
「家族が大事だから逃げないのか」
私は頷いた。
「それに、あんたも大事だよ。
彰久。あんたまだ高校生じゃない。まだあんたにはわからないかもしれないけど、あんたは今大事な時期なんだよ。勉強して、将来なりたいものがあるならそのための進路を見据えて動く時期。
この時期にそれを怠ったら、もうなりたいものにはなれないかもしれない。望んだ人生を生きることが難しくなるかもしれない。この時期をどう過ごしたかどうかで人生すべてが決まってしまうわけでは無いけれど、あとでここを修正しようと思っても、何年、何十年の歳月を費やすことになるかもしれないんだよ。
ドラマや映画で言うほど人生のやり直しは簡単じゃない。
あんたは私の心配をするんじゃなくて、自分の人生と向き合いなさいよ」
無職の私だからこそそれを実感しているのだ。
再就職は簡単じゃない。大人になってから人生を修正するのは大変難しい。
彰久は黙ってそれを聞いていた。彼の長い睫毛に縁取られた大きな瞳がじっと私の目を見つめている。
「後悔するよ、いいの」
「人を巻き込んで後悔するよりマシ。自分の人生は自分の中で折り合いがつけばそれでいいけれど、弟夫婦の人生も、あんたの人生も捻じ曲げてしまったら私の力ではどうにもしてあげられないから」
彼は目を伏せて自身の骨ばった手を見つめていた。
やがて顔を上げると彼は立ち上がった。
「そっか。
……わかった。
じゃああんたは景久と結婚するんだな」
「……たぶんね。お金は返してみるけど、景久さんは嫁取りを諦めないと思う。もう妻問いの儀もやっちゃったし」
「先生、もしかして景久のことが好きなの?俺のほうがいい男なのに」