【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「美穂さん」
景時さんはわりとしつこい性格らしく、私を追ってきた。
私はさっき警告したはずだ。それでも追いかけてきたんだから景久さんが悪いわよね。
景久さんが私に追いつき、手をとった瞬間、私は廊下の端、つまり玄関ロビーの階段の上で大きな声を出した。
「やめてください!有沢さーんっ!景久さんがおかしいんだけど!」
「美穂さん、子どもじみた真似はやめてください」
「あんたこそ痴漢じゃないなら離してください。しつこい男は嫌われるわよ」
私は再び腕を取られてしまい、景久さんの手をバシバシと音がするほど叩いた。
その時、私の足元がぐらついた。
「あっ、」
「美穂さん!」
落ちる。
周りの景色が突然コマ送りのようにゆっくりと動き、私の体は背中から階段を落ちていこうとしている。
ヤバイ。こんな高さから落ちたら骨折くらいはするだろう。
どん、
大きな音と共に私のお尻に激痛が走った。でもまだ勢いは止まらない。そのまま後方に転がり落ちそうになったとき、私の背中が何かにぶつかった。
「おっと、大丈夫、……じゃないか」
顔を上げると、彰久がころがり落ちようとする私を足で止めていた。
彼はそのまま一旦屈んで私を抱き上げた。香水だろうか、彼の制服の胸元から甘く華やかな香りがぱっと匂い立った。まるで女性向けの香りのようだけれど、彰久は不思議とそういう香りをまとっていても違和感がない。
「ちょ、私、デブだから……!」
抵抗しようとするとお尻に激痛が走った。
「その身長じゃいくらデブでも体重なんてたかが知れてるだろ。
おい、景久。アンタ『痴漢』だそうだな。一体何をやったわけ?」
そう言った時の彰久のいやみったらしい笑顔。彼らの関係があまりよくないのは知っていたが、しかしこれは関係がよくないなんてもんじゃない。彼らは絶対仲が悪いだろうと私は確信した。
「……それは彼女の誤解です。彼女を離しなさい。僕の婚約者です」
「その婚約者を守れもしないくせに一丁前に婚約者面か。ずいぶんとカッコイイじゃないか」
「話し合いが終わっていないのに途中で退席するからですよ」
「へえ、そうなんだ。
ま、理由はともかく、女を階段から落とすのはサイテーだろ。自分の女くらい身を挺して守ってみせるのがまっとうな男なのに、守るどころか階段から落とすなんてね」
彰久がそう答えたとき、景久さんの胸ポケットから着信音が聞こえた。
彼は携帯を取り出してその着信を確認すると表情を変えた。
「出れば?あんたが忙しいのは婚約者様もよくご存知だと思うよ」
景久さんはきつい目で彰久をにらんでから電話に出た。
「はい、はい。……そうですか。すぐにそちらにうかがいます。それまで、はい。お願いします」
彼は電話で話しながらますますきつい顔になっていく。
いったい何が起こっているんだろう。当主の孝昌以外にも身内に病人がいるのだろうか。