【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「彰久……」
彼が何か知っているのではないかと思ったが、彼は華やかな美貌に笑みを浮かべただけだった。
「アンタの旦那は忙しいらしいから俺とペットボトル爆弾でも作ろうぜ」
「美穂さん、すみませんが今すぐ出なければいけなくなりました。帰ったら話をしましょう。待っていてください」
景久さんは携帯をジャケットの胸ポケットにしまいながらそう言った。
「あんたのお姫様は俺がお慰めしておくよ」
彰久は勝ち誇ったようにそう言うと、私を抱いたまま階段を下りていった。景久さんはそれ以上私を追いかけては来なかった。
「彰久、あの、歩けるから下ろしてよ」
「いーや、無理だろ。落ちたとき、あんたの尻から変な音がした。折れてるかもよ?」
「バカ、折れてたらこんなふうに話してなんかいられないわよ」
足をじたばたと動かすと彼は笑って私を下ろしてくれた。
まったくもう、無駄に女子の心を波立たせるのはやめてほしいわ。
「美穂、尻が大丈夫ならテラスで甘いものでも食べよう。あんたが今日から俺と一緒に暮らすって聞いたから、いろいろ買ってきたんだ」
ああ、そうか。よく考えたら彰久は北条本家に住んでいるんだから私が北条本家で暮らすなら彼だって一緒に暮らすことになるんだわ。
「そっか……。そうね、今日から彰久も一緒に暮らすことになるのね。よろしくね」
握手をしようと右手を出すと、彼は私の手を取ってそっとその甲に唇を押し当てた。まさかそんなことをされるとは思わなかったので、一瞬私の呼吸が止まった。
彰久はそんな私の反応を楽しむように、いたずらっぽく私を見上げた。
「ひ、ひ……あ、ああああああんた」
「何?キスくらいで文句言うなよ。俺がもう一年早く生まれていたら、あんたの夫になるのはあいつじゃなくて俺だったかもしれないんだ。このくらい当然の権利だろ」
当然の権利って何だ気持ち悪い。
「……ま、冗談はさておき。
あんた、あんまりあいつにかまうな。あんたにとってなきゃ困る情報以外をあいつから引き出そうとするな。
俺に答えられることだったら何でも答えるから、あいつをこの家で頼りにできるなんて思わないほうがいい。
夫を頼れないのは嫁としちゃ辛いだろうけど、この家には俺がいる。俺があんたの盾になるから、さ」
「……なぜ、あんたはそこまで私を心配するの。自分の人生と向き合いなさいってこの間、言ったばかりじゃない」
「だって、美穂は俺の妻になる女だったんだからさ。俺の腕の中に囲い込めないなら、せめて俺がこの家にいる間だけでも俺はあんたの盾でありたいし、時には剣でありたい」
彼はそこで、ちょっと表情を改めて真剣なまなざしで私を見つめた。
長い睫毛に縁取られた大きな彼の瞳が私を映している。その美しい色合いを見つめ返していると、吸い込まれてしまいそうだ。
「美穂。
一年、生まれるのが遅くてごめん。あの悪魔からあんたを奪えない俺で、ごめん。
いつか助けてやるから、今だけ目を閉じて辛抱してくれ」
彰久は私に手を伸ばした。長い腕が私を抱きしめそうになったその時、彼は手を止めて眉根を寄せて目を伏せた。
私は彼のその様子が不思議で仕方なかった。
悪魔。
柔和で紳士的なくせに、どこか人を踏み込ませないところのある景久さんは、そりゃ、すごくいい人ではないのかもしれないけれど、悪魔というほどでもない。
一体なぜ、彰久は景久さんをこんなに嫌っているのだろう。
「ごめん、不安にさせるつもりはなかった。ただ、傷ついて欲しくなかっただけなんだ。
マカロン、あるだけ買ってきたんだけど、美穂、抹茶も平気?俺、抹茶苦手なんだよな」
彼はわざと明るい口調で話を変えた。たぶんなぜそれほどまでに景久さんを嫌うのか、その辺りも彼には触れて欲しくない話題なのだろう。それが私のためなのか、それとも彼の心の弱い部分に位置する話題なのか、今の私には分からないけれど。