【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
「職場にこないでくださいって何度も言ったじゃないですか!」
私は景久さんの車の助手席に乗り込むなり声をあげた。
「自分のスケジュールを開示しないあなたが悪いのです。
一緒に暮らしているのだから何時にどこに行くくらいのことは聞かせてください。僕だって用があるたびにあなたを探し回るのはイヤですよ」
「電話すりゃいいでしょうが。携帯番号は教えたはずですよ?」
「今朝から8回電話を入れましたが、1回も出ませんでしたよね」
「……」
そういえば朝から忙しくて一度も携帯をチェックしていない。昼休みは他のバイトの恋愛相談でわあわあ騒いでいたので携帯チェックをしなければとさえ思わなかった。
「なんか……すみません」
「これから善処してくださればかまいません。
それで、話なのですが」
「ああ、はい」
「急なことばかりで申し訳ありませんが、婚儀を早めることになりました。度々このようなことになって申し訳ありません」
それを聞いて、思わず私は眉根を寄せた。
「ええ、またですか?もう今月のシフトは決まっちゃってるんですよ、」
「僕としては、もうお仕事は辞めていただいて、巫女さまのお勤めに集中していただきたいのですがね。まさかまたバイトを見つけてくるとは思いませんでした」
「……もしかして、今までの派遣のバイトはわざと私がクビになるように仕向けていました?」
「そうなればいいなとは思いましたが、積極的に北条家の力を使ったことはありませんよ」
そんな手加減しましたよ、みたいな態度で言われてもこちらの怒りはおさまらないわけだが。
「ひどいじゃないですか。私が生活費を入れられなかったら困るのは北条家ですよ」
彼はそれを聞いて大きく目を見開いた。
「……生活費……?」
「そうですよ、昨日の夕食に出たお肉はシャトーブリアンなんですよっ、あれが100グラムいくらするか知ってるんですか、一万円ですよ!」
「お口に合いませんでしたか」
そう尋ねられて、私の口の中にあの薫り高い豊かな肉汁の味がよみがえった。自然に頬がほころぶ。
「おいしかった~あんないいお肉、本社のパーティで一口食べて以来で」
「では良かったじゃありませんか。あなたかから食費を頂こうなどとは考えていませんので、もうそんなつまらないお金の話はよしましょう。時間の無駄です」
時間の無駄……。要するに、私は食費を払わずにシャトーブリアンを食べまくっていい、ということなのね。
玉の輿ってすごいっ!!私……私、このまま北条家にいたらデブになりそうっ……!!元々小太りで数キロが命取りなのにこれはやばいわ……。
「普段のお食事がシャトーブリアンって金持ちはすごいですね……」
彼はそんな私の言葉に苦笑した。
「少しは北条家を好きになっていただけましたか」
私はうんうんと頷いた。
北条家に嫁ぐことになった事自体は私にとって全く本意ではないけれど、北条家での生活は快適だ。景久さんも彰久も揃って個性的というか変人だけど、まあまあ鷹揚で私には適度に優しいものね。
私も三千万で戸籍を汚すことになってしまった自分の不運を嘆くよりも、前を向いて北条家と景久さんのいいところを評価したほうが気分よく過ごせる。私はそう悟ったのだ。
「イクラのたっぷり乗った海鮮丼を食べさせてくれたらもっと好きになるかもしれませんねぇ」
景久さんは横目でチラッと私を見てから口元に優しげな笑みを浮かべた。
「では有沢さんにそのように伝えておきましょう」