【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
夫婦なんだから、当たり前……じゃないわよできるかそんなこと。
私はひろびろとした屋敷の中を見回した。
ここは北条家の洋館の奥に作られた本殿と呼ばれる建物の中だ。妻問いの儀のときも感じたことだけれど、ここに踏み込むと周囲の空気がとてもよく澄んで、体の中から引き締まるような気がする。
「ここが、婚儀の間でございます」
五十代くらいの真面目そうな顔つきの女性が私を奥の部屋に導いた。
彼女は榊さんといって代々この北条家に仕える家柄の出で、前の巫女さまの婚儀の介添えをしたらしい。今回の私の婚儀も彼女が面倒を見てくれるという。今は婚儀の段取りについて榊さんが説明をしてくれている。
北条家のしきたりについて、ほとんど何も知らない私は今回の婚儀と、前回の妻問いの儀を混同していたけれど、よくよく話を聞いてみると実はその二つは全く違うものらしい。
妻問いの儀は簡単に言うとただのプロポーズの儀式で、この時点では婚約が成立しただけ。今後行われる婚儀こそが正式な結婚式なのだそうで、数時間で終わった妻問いの儀とは違って三日間かけて行われるものらしい。
婚儀、つまり結婚式に三日。想像するだにめんどくさそうな儀式だが、これも朱雀の巫女に課せられた義務だ。省略して数時間で済ませるというわけにはいかないらしい。
「おじゃましまーす……」
顔が映るほどに磨き上げられた床に踏み出し部屋の中を見た私は言葉を失った。
美しい絹の布をたらした几帳が四方に立てられ、几帳で囲まれたスペースには縁にきれいな刺繍を施した畳が敷かれている。そこまではいい。
けれど、その畳の上に……なぜか布団のようなものが敷かれているのを見るに至って私はとうとう小さく呻いてしまった。布団だけでも嫌な予感しかしないのに、注意深くその布団を観察すると、木製の台がついた布張りの枕が二つ揃えて置かれている。
二つ……。
動揺で私の唇が震えた。
嫌な予感しかしない。
私は大きく目を見開いて榊さんの顔を見つめた。
「これ、おお、お布団です、よね」
彼女は表情も変えずに答えた。
「これは布団ではなく衾(ふすま)と申しますが、使い方は布団と同じでございます」
「……普通、結婚式に布団なんか使いませんよね?」
「これは結婚式ではなく婚儀でございますから」
な、何を言っているの?
嫌な予感がする。
私は二、三歩後ずさった。
榊さんはそんな私の様子にも自身のペースを崩すことなく淡々と答えた。
「巫女さまにはここで婿様をお待ちいただき、婿様が寝所にお入りになった時点で婚儀が始まります。巫女さまにはここで夜明け前まで婿様と共にお過ごしいただきます」
私の喉の奥からヒッと変な声が出た。
花嫁と花婿が布団の上ですることと言ったら……まさか。
「三日間、日が落ちると婿様がこのお部屋に通ってこられます。三日の後に正式に巫女さまは当家の巫女さまとなられ、婿様も正式な北条家の御当主となられます」
何の恥じらいもなく、榊さんは顔を上げてまっすぐに私を見た。
そんな目で見つめられると、まるでここで動揺する私がおかしいみたいだ。でも騙されちゃダメだ。どう考えたってこの家はおかしいし、榊さんも一般の常識を完全に失ってしまっている。
ちょっと待て。婚儀までもう三日も無いんだぞ。
私の足がぶるぶると震えてきた。