【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
十二単という衣装が大変重いというのは予備知識があったが、なぜ十二単が重いのか、私はこれまで考えてみたことがなかった。
しかし、自分が窮地に追い込まれて初めてその理由を理解した気がする。
十二単が重いのは、容易に女が逃げられないように、あえて衣装を重くしているのではなかろうか。
私がそんなようなことをやんわりと伝えると、私の着付けを監視していた榊さんはニコリともせずに答えた。
「さようなことはございません。このように何枚も衣を重ねることができるのは財政豊かな家の、しかも労働をしない立場の女性だけでございます。おそらく、豊かさと身分を示すためにこのような形で着物が発達した結果かと思われます」
絶対に嘘だ。
いや、世間的にはそうなのかもしれないが、この家ではいざコトに臨む巫女さまが逃げないようにするためにこんなに重たいものを着せるに違いない。
「あの、体調が悪いので帰っていいですか」
「あ、SNAPにしやがれの録画を忘れていました!ちょっと部屋に戻って録画をしてくるのでこの着物、脱がせて貰っていいですか」
「あっ、トイレ……おなかイタ……アタタ。これきっと腸捻転ってヤツよ、病院にいかないとヤバいやつよきっと」
いざ婚儀が迫れば迫るほど平常心を失って恐怖心にとらわれた私は、さまざまな言い訳を使って朱雀様の本殿からの脱出を試みた。
しかし私が何を言おうと榊さんも着付けの女性たちも何も反応せず、粛々と準備を進める。
最後にものすごく長いつけ毛をつけられた私はもう自力で身動きすることはできなくなっていた。座っていてさえ背骨が衣装とかつらの重みに耐えかねて猫背になってしまう。
「それでは、巫女さま。ようお休みくださいませ」
彼女らは部屋の隅で手をついて頭を下げ、数個のお膳に酒とちょっとしたお惣菜やお菓子を盛った物を置いた。 そして、それがどのような目的で置かれたのかとか食べていいのか悪いのかとかそんなことは何も説明しないままさやさやと衣擦れの音をさせて出て行ってしまった。
どうも儀式にはストーリーがあるらしい。
いつも通り本殿で休もうとする巫女さまのもとにひっそりと婿様が通ってくる、というひねりも何も無いのがそのストーリーで、屋敷の人も巫女さまに使える女性たちも今夜、男が本殿に侵入することについては知らん顔を貫くのがしきたりらしい。その割には巫女さまに十二単を着せてガッツリ男を迎える準備をさせるわけだが。
私は脇息に肘を置いて上体を少し傾けた。このまままともに私の背骨に衣装の重さがかかっていると疲れてしまう。
本殿は広く、そして電気が通っていないために今時、油を入れた皿に糸を浸して火をつけ、これを唯一の明りとしている。
暗い、寒い。
そしてこれは儀式の性質上仕方のないことだが、人の気配が全く感じられない。
実際、私の世話をしてくれていた榊さんやそのお手伝いの女性たちはもうセントラルヒーティングにテレビ、ライトなどの近代設備が整った洋館のほうに行ってしまったのだろう。普通に考えてこんなところで一晩過ごしたくはないものね。
婚儀なのだからしかたがないと何度も自分を宥(なだ)めるが、本心はやはり帰りたい。実家のコタツに足を突っ込んでSNAPにしやがれの録画を見たい。
だめだ、やっぱり逃げよう。何年かかってでも金は返す!
景久さんには悪いが、景久さんはどこか人を緊張させる作り込んだ隙のなさがある。そんな心の許せない相手とセッ○スは無理よっ。しかもこんなにしっかりとお膳立てされてしまっては緊張しすぎてプレッシャーで吐きそうだ。
私はせっかく着付けてもらった鮮やかな五つ衣を肩からはずそうともがいた。こんな重い物を着ていたままでは自力で立つことも出来ない。