【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
彼は驚いたように私を見つめ、そして困ったように苦笑した。
「一緒に、逃げるのですか?」
私はうんうんと頷いた。変なことを言っているのはわかっている。でも言わずにはいられないのだ。
「そうです、私が言っている事がおかしいのはわかっています、でもこの家はそれ以上に変です。
私が一人で逃げたとして、そのあとあなたはどうなるんですか、次の巫女さまが結婚できる年齢になるまでまたまつんですか、本当に結婚したい人と恋に落ちることもなく、ただただ家のために!
そんなのおかしいです。家のために人があるんじゃない、人のために家があるんですっ……だから、逃げましょう」
朱雀様を騙せば死ぬかもしれないとか、そんな恐怖はいつの間にか私の頭から抜けていて、私はただただ心の興奮のままに喋っていた。自分が何を言うつもりなのか、自分でもちゃんとはわかっていなかった。
景久さんは黙って私の顔を見つめていたけれど、やがてそっと手を伸ばして私の頬にそっと触れた。
「僕とあなたが逃げるのですか?それでは本末転倒では?
あなたは僕との婚儀がお嫌なのでしょう」
「そうだけどっ……でもっ……あなたがイヤなんじゃなくてっ……なんか違うんです。
あなたをここに残して逃げたって、私がイヤだと感じていることは何も解決しない、そういう感じなんですけど、わかりますかっ……」
その時、不意に景久さんは私に顔を寄せた。そして互いの息も触れそうなほどの距離で囁いた。
「あなたは損な性分ですね。金であなたを買った男の幸せなんて考える必要は無いのに」
「そんなこと……今は関係ないでしょう?私は……あなたを置いていけない、一人で逃げるなんて後味の悪いこと、出来ません……っ、だから、お願いだから、私についてきてください。逃げましょう」
私は彼に向かって手を差し伸べた。私の手は震えていた。
彼は黙って私の目を見ていたけれど、やがて私の手をとってそこに唇を押し当てた。
「あなたが僕を置いていけないように、僕もこの家に置いていけないものがあります。
僕はそれを置いてはいけません。そして、あなたも僕を置いてはいけないというならば、二人で手を取り合ってこの家で生きて行くしかないのではないでしょうか」
「……」
彼は私の手に唇を押し当てたまま、目だけを動かして私を見上げた。
大きく美しいその瞳を見つめているうちに、私はゆっくりと震えが止まってゆくのを感じていた。
「それでも、この婚儀から逃げたいですか」
「逃げるよりも、一緒に歩いていきませんか。
僕を選んでくださったこと、生涯後悔させません。僕はあなたの剣になり、盾にもなります。ですから、どうか、僕の巫女さまになってください」
膝を折り、頭(こうべ)をたれてそう言われると私はもう何も言えなくなる。
逃げない。彼の選択はすでに決まっていて、そして私はこんな景久さんを置いて、逃げることなんかできない。 いや、やろうと思えばできるんだろうけれど、心情的にそれは……。