【反省は】玉の輿なのにやらかした件。【していない。】
三時間後、私はロックを片手に刹那的な都会の愛について語っていた。
「だからね、彼は本当は私の愛が怖くて逃げたんだと思うのよ。愛って時々そういう……なんていうの?怖ろしい凶器にもなりうるものじゃない?」
祐輔は苦笑して私のグラスを取り上げた。
仕事を求めてこの店を訪れたのはまだ六時くらいだったのに、時間はすでに9時を回っている。
おかしいな。私はこの店で働いてあげようと思ってきたのに、まあまあ、まずは一杯と仕事の話をはぐらかされ、飲みながら自分の近況を語るうちについつい話は愚痴ばかりになってしまった。
「ハイ、もう終わりな。こっからはこっちにしな」
彼は私の目の前に湯飲みを置いてほうじ茶を注いだ。
私は祐輔をにらんだ。
「ちょっと金払ってるんだから飲ませなさいよ。ここの店はスナックなのに酒を飲ませないのか!」
ついつい声が大きくなった私に彼はいやな顔をする。
「うるせぇな、このうわばみが。スナックじゃねーよ『クラブ』!
お前……こんなときに愚痴半分で酒なんか呑みはじめたらきりがねぇぞ。
逃げてねぇでもうちっと気張れや」
小学生のころからずっと同級生で、毎日互いの顔を見て育った祐輔は私が客となって店に現れても客扱いにはせず、こんなふうに私を扱う。
「気張れって……あんた私がどれだけ頑張って勉強して東京に出たかわかってるでしょ。
こんな田舎じゃ予備校もなくて、どう考えたって受験には不利なのにちゃんと東京に出て仕事してたんだよ?
それが……こんなんなっちゃってさ」
29で男に逃げられ、あさってには私は30歳になる。無職で結婚の予定もない。仕事の当てもない。頼みの綱の同級生は30間近の私をフロアレディーにはしたくないみたいで話をはぐらかしてばかりだし、母親は結婚しろ結婚しろとうるさい。そりゃ愚痴も出ようというものだ。
祐輔は苦笑した。
「お前ががんばったのは見てたさ。でもさ、人生どれだけ努力したって波はやってくるもんだ。波がきたら今までどれだけ勉強したのなんのっつっても波は聞いちゃくれねぇよ。俺らは目の前の波を越えるしかないの。
愚痴こいてねぇで前見ろや、弟、結婚すんだろ?」
「……」
説教は慣れているが、こんなふうに諭されると何も言えなくなる。
私は涙目でうつむいた。
大きな産業もないし田舎で何もないこの町だけれど、昔から漁師の多い地域なので、ここの人は他の土地の人に比べてサバサバとしていていつまでも一つのことにこだわるのは大変嫌う。
祐輔は私の頭を大きな手でぽんぽんと叩いた。
「伯母さんがそんなんじゃ生まれてくる赤ん坊に格好つかないだろ。
ここで仕事が見つからないならまた東京に出たっていいさ。お前は頑張れる。漁師町の女が東京者なんかに負けるはずはねぇさ、なあ?」
白い歯を見せて笑った祐輔の顔を見上げ、私は中学の一時期、この幼馴染のことを好きだったことを思い出した。もちろんそんなのは思春期にありがちな気の迷いだ。もう互いのことを知りすぎて恋愛なんてできやしない。
「……えっらそうに。もう帰る」
「おう、3800円な」
「……」
酒を取り上げ、上から目線で説教をかまして私を客扱いしなかったくせにしっかりと金はとるのか。
女の子もつけてくれないくせに金は取るのか。
無職の幼馴染から金を取るのか。
だいたい私はそもそもここに遊びにきたんじゃなくて面接に来たわけだがその辺はどうなっているのだ。
私は恨みをこめて祐輔をにらんだ。