死神のお仕事
私にはそんな経験は無い。父の記憶は無く、母も幼い頃に亡くしてしまっている私だけれど、それでも沢山のものを母から貰った。今生きている理由だってそうだ、母がいるから今の私がある。
そんな私には、彼の言う死んでいるか確認しに来なければなら無い程の壮絶な環境は、思い浮かべて自分を置き換えてみる事すら出来なかった。だから彼に返す言葉が、彼の為に出来る事が、今の私には何も見つからない。
「学校も行って無かったし、外にも出させて貰えて無かったから、僕の世界は僕と両親と狭いアパートの中だけで終わってたんだ。それしか知ら無かった。でもある日、僕の前に新しい存在が現れた。目が合った瞬間驚いた顔して、ニッコリ微笑んでくれたんだ。その時僕は初めて人に笑いかけられた」
「まぁ人っていうか、死神だったんだけどね」と、クスクスと笑いながら、アラタさんは懐かしむように当時を語る。
「それがカズサさん、だったんですね?」
「うん、そう。それからカズサは毎日僕が一人の頃に現れるようになって、それで僕は人の目に映る事、自分の事を話す事、自分が笑う事、痛みや恐怖以外の物がこの世にある事…沢山の事を知ったんだ。そして彼女は、僕の世界の全てになった」
「……」
僕の世界の全てにーーなんて。
でもそれは、決して大袈裟な言葉では無いと思った。
彼にとって彼女は、本当に世界の全てだったのだ。