フィルムの中の君
その日の放課後、演劇部の練習でマリアとトラップが手を繋ぎ踊るシーンに差し掛かるところ。
ステージ下では管弦楽部が指揮者の動きに合わせて楽器を持ち上げスタンバイの姿勢に入っていた。
『マリア、私と踊ってくれるか?』
ーもちろんです。
本来ならここで手を繋ぎ2人はダンスホールの中央へと歩き出すシーン。
『はい…』
優はなかなか手を出そうとしないので、見かねて昴の右手を掴んだ。
「……っ!」
見られた目を見返すと、瞳は濡れていて瞬きしたら涙が落ちるんじゃないかというほどだった。
『マリア、さぁいこうか』
(どうしたんだよ昴)
通しのリハの最中なので些細なことで止めるわけにはいかない。
その2人の間に流れる沈黙の時間は、優にはとても長く感じられた。
『貴方に誘ってもらえるだなんて…
ごめんなさい、私嬉しくてつい…』
ふふふっ、と昴は笑ってマリアを続けた。
その後止まることは無く最後まで通しが終わり、それぞれ指摘や直しを入れられる。
演劇部員たちが部長の田中香里の話を聞いている間、そっと優は昴に近付いた。
「なぁ、昴」
少し腕を引っ張っただけで相当驚いたような顔をして優を見た。
「…なに?」
「さっきのあれ…、ダンスシーンで一瞬涙目になったやつ」
何でもない風にして昴は優の言葉を聞いている。
「あれ、何かあった?」
何かって?と今度は強気な姿勢で優に向き合った。
「何って…演技してただけだよ。
ずっとトラップ大佐冷たかったんだから、あんな風に誘われたらきっとマリアは感激するんじゃないかなって思って」
にこやかに告げるとその場を立ち去ろうとする。
「…本当に?」
思わずキツイ声が出てしまった。
「本当だってばー!嘘吐いてどうするの?何回私に言わせるつもり?」
冗談めいて笑いを混ぜながら昴は切り抜けようとする。