フィルムの中の君
「すごく、すごく怖いの…」
頑張ってる「つもり」になってるだけじゃないか。
自分は演技をしてる「つもり」になってるだけじゃないか。
そして何より、今から自分があの眩しい光の中に行くことが。
「喋らなくていい」
ただその一言だけを放つと、温かい大きな手でぎゅっと昴の右手を握りしめた。
氷が溶けるように徐々に指先に温かさが戻ってくる。
昴は言葉にはし難い何かが伝わってくるのを感じた。
(私から距離おこうなんて言ったのに、やっぱり優に助けられてる…)
いつの間にか嫌な汗も引いていて、心が軽くなっていた。
先ほどに比べて顔色もましになった。
「どういう状況になっても俺は俺、昴は昴。それは変わらないから」
いつも1人で隅で振るえてたのに、側にいてくれるだけでこんなにも違うのか、と自分の素直さに苦笑する。
「ありがとう、優」
その間にも舞台の上では話は進んでいく。芸術作品が時を止めるなんてことは有り得ない。
そろそろ出番だから、と昴が立ち上がろうとしたその時。
「生きろよ、マリア」
彼の言葉はマリアに向けたものか、それとも昴に向けたものなのか。
その真意はわからない。
(どっちにしろ私がマリアなんだから!)
ふふっと笑い、ピースサインを向けて歩いて行った昴はさっきとは違う。
そこにいたのは女優 櫻井昴だった。