フィルムの中の君
眉間にしわを寄せ左手でホルンに音を抑えるよう指示を出す。
どれだけ大変だと思ってんだよ!と、これが練習であったなら喧嘩になりかねない。
(…大変なのはわかってるけどさ)
1人に睨まれても気にせず部長はタクトを振り続けている。
後ろの客席に振り返って確認することは出来ないが、おそらく友達の蔵之介と隣のクラスのかわい子ちゃんこと芽衣が仲良くしてるのは安易に想像出来た。
いいなぁ、なんて口には出してみるものの、彼にはやることがある。
オーケストラ、コーラス、それに役者たち。指揮者はこの大人数を纏めていると言っても過言ではない。
その間も舞台の上では時間が止まることはない。瞬間、瞬間で進んでいく。
『今…何て言ったの?』
トラップの言葉に己の耳を疑うマリアは再度言葉を求める。
こんな大きな舞台でも彼女の声は静かに響いた。
海斗がふっとタクトを振るとバイオリンが低音を響かせる。
順にヴィオラとチェロ、そしてコントラバスが音を重ねていく。
『もう今まで通りにはいかない』
召集がかかったのだ。
もし行けば今まで通りの幸せな生活に戻れることは無いだろう。
かと言って命令に背くのか…。
ゆっくり椅子に腰をかけると、大佐は一切マリアの顔を見ようとしなかった。
振り続ける雨が降っているかのように窓の外から視線を動かなさい。
(優ってこんな芝居するんだ…)
友人のリアルな演技と自分の描く音楽が合わさり、胸が締め付けられるほどの感情を抱かせる。
『…これからどうするのですか?』
『そうだな…』
いつも威厳があり大きく構えていたトラップ。
だからこそ覇気が無い表情を向けたトラップに言葉が出なかった。
(あなたはいつだって自分で考えて決断をして、自分で実行してきた人。
そうね…これは簡単なことじゃないわ)
すると急にふふふっと笑い出すマリア。
沈黙を破ったその場に似合わない声に大佐は思わず顔を上げた。