フィルムの中の君
「よーい…アクション!!」
カメラが回り始めると一瞬にして昴の表情(カオ)は変わる。
空気や雰囲気、オーラまでもが普段とはガラリと変わるのだ。
これが女優…
水島さえもがそう思わされたほど。
この話は財閥の娘が両親が実の親じゃないと知り産みの親を探す。
大人の私利私欲にまみれたどす黒い世界で、周りに翻弄されながらも探し続ける菱川財閥の娘の蘭…それが昴の役だった。
まだ放送は始まっていないが撮影はとても順調に進んでいる。話が話なだけに現場に同年代の役者は今のところおらず、共演者全員が年上だった。
以前鈴屋監督が言っていたスペシャルゲストの存在も明らかにされていない。終盤に登場する大事な役、としか出演者始めスタッフも聞かされていなかった。
『もういいわよ藤田、
あとは自分でやるから。
あなたに頼んだ私が馬鹿だったわ』
蘭が菱川家に使える執事に対して放った一言。感情的になることがなく淡々といつも話す蘭の特徴を捉え、昴は演じていた。
カーーーーーット!!!!!!
鈴屋監督は叫ぶやいなや満足そうな顔で近くにいる水島に言った。
「今目の前にいる菱川蘭はちゃんと生きている…彼女は根っからの女優だな」
滅多に役者を褒めることのない鈴屋の言葉に水島はありがとうございますと深々と頭を下げる。
監督の鈴屋だけではなく、スタッフや共演者一同が昴の演技を評価していた。
モニターをチェックする真剣な昴。
仕事や演技に対していつでも真っ直ぐなその態度は、業界内でも知れ渡っていた。
実際今回蘭役者に昴を指名したのもそういった理由でもあったらしい。
これはあくまでも噂の一つで水島が鈴屋から聞いた話ではないが。
それから数時間にも及ぶ撮影が行われ時刻は夜の9時半。
撮影が順調だということもあり、この日はこれで終わり昴は水島と共に帰宅した。