フィルムの中の君
その日、昴は撮影所で休憩室に行くことはなかった。
自分の撮影が終われば台本を読んでいるか他の出演者と話をする、もしくは楽屋でメイク直し。
何となくいつもと違う雰囲気の昴にメイク直しをしながら今井は気付いた。
「昴、何かあったの?」
髪の毛をいじりながら上から降ってきた声に一瞬止まる昴。
「…何がですか?」
今井さんいきなりどうしたんですか?といった顔で鏡越しに見上げる。
目を合わせると今井はふふっと笑って再び手を動かす。
そしてスプレーの缶を箱に戻した。
「さすがプロの女優さんね、昴は本当に演技が上手」
「何のことですか?」
「さーて、何のことでしょうねぇ」
ありがとうございます、とメイク直しが終わり立ち上がる昴。
そのまま部屋から出ようとすると今井は呼び止めた。
「昴はまだ16歳の女の子。
誰かに頼ることも必要なことよ」
その言葉に頭だけ下げると昴はスタジオに向かった。
そして入れ替わるように楽屋に入ってきたのは水島。
メイク道具を片付けていた今井に声をかける。
「今井さん、さっき昴のメイク直してくださりましたよね?少しお聞きしたいことがあるんですけど…」
「彼女、何かあったんですか?」
聞こうとしたことを先に相手に聞かれ
水島は返答に困った。
「その様子だと水島さんもご存知無さそうですね…。でも思春期の16歳の女の子ですから、悩みの1つや2つぐらいあるでしょ」
それはわかっています、と水島。
「大丈夫ですよ水島さん、昴は素直ないい子です。私たちが心配するほどのものじゃないと思いますよ。
何かあればすぐ連絡します」
「お手数おかけしてすみません、
よろしくお願いします」
昴同様、深く頭を下げ楽屋を後にした。
廊下ですれ違うスタッフに頭を下げつつも右手に持ったケータイを操作している。
うんざりするほど着信履歴には事務所の番号が表示されていた。
今井と話してる間にかかってきていたらしい。
「はいはい、すぐ掛け直しますよっ」
不貞腐れながら履歴に残った番号にかけ直していた。