フィルムの中の君
それから最後まで通したが昴と優が台本を見たのは2〜3回。
それも自らの演技中ではなく、舞台袖で他のキャストの演技を確認するのに使っていた。
通しが終わった瞬間、体育館が大きな拍手に包まれる。
体育館をネットで仕切りその半分を使用していたバトミントン部からも拍手が送られた。
「2人とも凄い!本当に凄い!!」
「もう全部頭に入ってるの!?」
と、引っ切り無しにくる質問。
「まだ全部じゃないんですが…」
「動きとかは田中さんの本に書き込んであったものを見せてもらいました」
だよな、と隣を見る優。
「それだけで…?たった1日でここまで出来ちゃうの…?」
その場にいた全員が2人の実力を思い知らされた。
「本番まであとどれくらいでしたっけ?」と尋ねる優。
3週間だけど…と答える田中。
はぁ、とため息を吐いて優は続けた。
「あと3週間しかない、と言うわりにこれですか?まだ3週間じゃなくてあと3週間なのは皆さんわかってますか?
こんな状態でオケやコーラスが入ったところでどうにもならないことは目に見えてますよね。
そうやって他者に迷惑かけるぐらいなら最初からやらない方がいい」
思いもしなかった優の言葉にその場が凍りついた。
部員たちは俯く生徒、そのまま優を見ている生徒といるが誰一人声を出さない。
全員が自覚しているのだろう。
「これから…これから練習を重ねて絶対に仕上げてみせます!
この舞台成功させたいんです!」
その田中の言葉に涙目になる部員もいた。
「お願いします!」と全員が2人に向かって頭を下げる。
「えぇっ!?ちょっと優、これどうするの!」
困った昴は隣の優にパスを出した。
「昴は…どうしたい?」
真面目、だけど柔らかいその声。
真っ直ぐに目を覗き込まれ思わず視線を逸らしそうになるのを堪えた。
「あれだけ人に頼んでおいていざ練習してみたらこの出来。あと3週間しかないって本人たちはわかっているのにだよ?
昴だったらこの後どうしたい?」
優はわざと追い討ちをかける。
「このままやっても、もしかしたら期待するような結果にはならないかもしれない」
「そう…だね」と心なしか震える昴。
見ると舞台上、そしてステージ下ではお願いしますと部員全員が頭を下げている。
「でもみんな演技が好きって気持ちと舞台成功させたいって気持ちは一緒だと思う!それにキャストさんたちもふざけてたわけじゃないと思うんだ」
「櫻井さん…」
ハッと顔を上げ田中は昴を見た。
「役者って実力だけじゃなくて運やチャンス、月が大事だと思うんだよね。
だから私はみんながお願いしますって言ってくれた今回のチャンスを信じたい」
「昴…それでいいの?」
当たり前でしょ?と言いたげに見返すと、くくくっと優は笑う。
「え?優?」
「…だよな、俺もそう思うよ」
「はっ?」
「まぁお前ならそう言うだろうってことぐらいわかってたわ」
何それ、どういうことよ!?とムキになって反論しようとしたところを制止させられる。
ヒョイとステージから降りるとスタスタと田中の元に近寄った。
「く、宮藤くん…」
さっきまでの怒ったような表情とは一変して優しい顔をしていた。
「というわけで、役者は観客に魔法をかけることが仕事です!
一緒にその魔法をかけてください」
「こちらこそ…っ!これから頑張ります!よろしくお願いします!!」
優は鼻をすする半泣き状態の田中にそっと顔を近付ける。
ボソボソと口を動かした後、微笑むとそのままステージに戻ってきた。
余計に田中は泣きじゃくり、隣にいた助監督の女の子はいかにもハート型という目で優を見ている。
「…ねぇ、何言ったの?」
「ん?ちょっとした開会宣言」と笑う優。
「これから3週間よろしく香里ちゃん。
俺も君の熱量に負けないような演技で想像以上の舞台に出来るよう頑張るから」