フィルムの中の君
演劇部員全員の目の前で、部長の田中香里を泣かせた宮藤優のイケメン伝説は瞬く間に広がっていた。
初練習に参加してから2日後には学年全体に広まっていたのである。
「優、あんまり女の子ときめかせちゃダメだからな〜」
「お前…本当に何やってんだよ」
ニヤニヤする海斗と呆れる蔵之介に釘を刺される始末。
とは言え当の本人には一切その気はなかったのだ。
あれ以来部員の練習への取り組みはより一層真剣になり、昴と優も部長の田中と話し合う機会も増えた。
「あと2週間ちょっとか…」
最初はどうなることかと思ったが、あの数日で確実にレベルアップしている。
スタッフの動きも、キャストの演技も比べ物にならないほど。
映画の撮影で休憩をしていた優は、正面にある鏡の端に映った人物が目に止まり開いていた台本を閉じた。
表紙には『The sound of music 』の文字。
「もう撮影再開ですか?」
壁に掛けられた時計を見ると休憩に入ってから15分ほど経っていた。
マネージャーの平井はまだだよ、とだけ返し机の上にある台本に視線を動かした。
「宮藤くん、それ…」
「これ、前ちょっと話した文化祭の劇のやつです」
近付いてきた平井は台本を手に取ると「結構な量あるね」と呟く。
「何でこれ引き受けたの?」
「何で、と聞かれても…」
昴がやるって言って聞かないから、とは口が裂けても言えない優は言葉を濁した。
「結構学校行事好きなんで、せっかくもらった話だから受けようかなって思っただけですよ」
ニコニコする優を平井は凝視した。
「…昴ちゃん?」
「いや、彼女は何にも関係ないです」
ははは、と笑いながら平井はテーブルの端に腰をかけた。
「宮藤くん、あの子のことになるとダメだよね」
「…どういう意味です?」
そのままの意味なんだけどね、と笑う。
返す言葉が見つからずに優は黙ったままだった。
「平井さん、その話をしに来たんですか?」
「こういうこと話せる時間、普段なかなかないでしょ」
(何でこのタイミングで?
敢えて文化祭前だからか…?)
「残念ですけどご心配には及びませんよ。昴は友達だけど、それ以上の関係は有り得ない」
撮影戻りますね、と告げると平井が持っていた台本を少し強引に取り戻しカバンの中へしまった。
「宮藤くん…」
平井の声を聞こえないふりをしてスタジオへと戻る優。
さっき平井へ言った言葉は自分へ言い聞かせているかのようだった。