風は囁く「君と輝きたいから」
安坂さんが心配顔で、周桜くんの様子を窺っている。

緒方さんが涙を堪えて弾いているのが、肩の震えでわかる。


「涙で滑る鍵盤は……弾きづらいだろうな」

安坂さんがポツリ。

曲を弾き終え、周桜くんは胸に手をきつく押し当てた。
周桜くんの息が乱れて荒い。


「……らしくないな……君がこんなに……乱れるなんて……」

周桜くんは乱れた呼吸を整えもせず、喘ぐように息をつきながら、言葉を絞り出す。


「……何故、涙……なんだ!?」

緒方さんの目から、涙が溢れ頬を伝っていく。


「……い、郁子!?」


―― ……郁子!? 名前を……周桜くんが緒方さんの名を


緒方さんの頬に手を伸ばし、涙をそっと指で拭う。

周桜くんが緒方さんの名を呼んだことと、その仕草に胸がチクリ痛んだ。


「あなたは……わたしの遥か先にいる。
……頑張っても頑張っても……追いつけない」

緒方さんが嗚咽しながら溢した言葉。


「あなたは……どんどん先へ行く……」


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