夢色約束

俺は、1人で会場を出た。


「光さん」


「え、」

そこにいたのはいつも通り優しい笑顔を浮かべた運転手さん。


「どうして…あ、香…お嬢様ならまだ……」


「いえ、お嬢様は、もう少しあとで車を回すことになっております」


「なら、どうして…」


「お嬢様に頼まれたのです」


「お嬢様が?」


「はい。どうぞ」

そう言ってドアを開けてくれる。


「ありがとうございます」

俺は、その車に乗り込んだ。



車が緩やかに動き出す。

いつもの車の音に少しホッとした。

同時に、この車にもう乗ることはないのだと、実感した。


「着きましたよ」


「あ、ありがとうございました」


「いえ…光さん」


「はい?」

運転手さんはドアを開けてくれて、車から出ると、小さなカードを胸ポケットから取り出した。


「これは?」


「お嬢様からでございます」


「え?」

俺はゆっくりとそれを受け取った。


「伝言を預かっております。

『最後の願いは、あなたが幸せでいること』

だ、そうです」

最低だ。

ダサすぎる。

そんなこと、わかってる。

人前で、こんなにも泣くなんて。

でも、今だけ。

今だけは許してほしい。

忘れないように。なんて、バカみたいだ。

忘れない。

忘れられるはずがない。

こんなにも、あいつは優しいのに。

あたたかいのに。

こんなにも好きなんだ。

涙となって、溢れてしまうくらい…。

あいつがくれたぬくもりを忘れるなんて、できるはずもない。


小さなメッセージカードに書かれた


“今までありがとう”

少し震えたその文字が、俺の涙で少し滲んだ。
< 162 / 261 >

この作品をシェア

pagetop