夢色約束
「お父様、お帰りになっていたんですね」
会場の中央にいる人混み。
その中で堂々と立つその人に一礼して近づく。
「ああ、香里奈」
「おかえりなさい」
「ああ、ただいま。お前もこちらにきて挨拶をしなさい」
「はい」
私は主催者側の娘。
ぼーっと立っているわけにはいかない。
「今回はお嬢さんのバイオリンはないのかい?」
しばらく挨拶をしていると、わかりきっているのにそんなことを聞いてくる人がいた。
「ええ」
「残念だなぁ…楽しみにしていたのに」
嘘つき。
ただの余興のひとつ。
ほとんど聞いてる人なんていないでしょう。
「そんな風に言っていただけるなんて、光栄ですわ」
そんなこと、言えないけど。
「また、今年はどうして?」
結局みんな、それが聞きたいだけ。
「お伝えするにはあまりにもお恥ずかしい理由ですわ」
この会社の弱みでも握ろうとしているのか。
「伴奏者がいなかったから、とか?」
ニヤニヤと笑い、聞いてくる。
馬鹿みたい。
今までのはすべて前置き。
それが聞きたかっただけ。
いや、そう言わせたかっただけ。
西園寺と水月の関係を荒らしたいだけ。
くだらない。
「いえ、そんなことは。
ただ、お恥ずかしい話、私の技術ではみなさんにお聞かせできるほどのものが出来上がらなかっただけですの」
困ったように、それでも、最大限に大人っぽく。
微笑んでみせる。
ここでは、弱みを見せることなんて許されない。
黒のドレス。
大人っぽいメイク。
誰よりも強いと、魅せつけるの。