『私』だけを見て欲しい
「昨日言ったこと、忘れて下さい…って頼んだのに。…どうしてここに来たんです…⁉︎ 」

あなたの事が好きだから、幸せになってもらいたいから、手を離したのに…。

「結衣…」

名前を呼ばれると弱い。
誰かに呼んで欲しかった。

母でも、
娘でもない自分。

ホントに『私』だけを見てくれる人と、恋に落ちたかった。
だけど、実際にそれが目の前にぶら下がったら、やはり荷物が重すぎて抱えれない。
好きな人に、その荷物を持って欲しいとは…絶対に言えない。

(特に…この人には…)


「…帰って下さい…」

涙の潤んだ視界の中にいる人。

大好きだから…帰って欲しい…。


「結衣、俺は…!」

カタン…と鉄のドアが開いた。
ベッドに横たわったままの母が出てくる。
その側に駆け寄り、声をかけた。

「お母さん、大丈夫…⁉︎ 」

大げさに心配する。
その私の顔を見て、母は笑った。

「たかが検査くらいで大げさよ!しっかりしなさい。あんたは母親でしょ!」

逞しい限り。
やっぱり母には敵わない。


「あの…」

山崎さんが声をかける。
母はゆっくりと向きを変え、彼の顔を確かめた。

「初めまして。山崎と言います。佐久田さんの…上司をしております…」


この度は大変でしたね…と心配する。
会社の上司がここにいること自体が不自然。
それを母は、気づいたかどうか……

「結衣が…いつもお世話になっております…。こんな格好で…すみません…」
< 100 / 176 >

この作品をシェア

pagetop