『私』だけを見て欲しい
泰を育てることは、私だけの使命。
20歳の時に家を飛び出してから今日まで、それを務めることだけが大事だと思って生きてきた。

この人の子供じゃない。
泰良は…
私だけの子供……


「…そうか。なら帰るよ。邪魔したな!」

腹立たしそうな声を出された。
深々と頭を下げる。
何も言えない。
口を開いたら、いらないことを言ってしまう。

(ごめんなさい…山崎さん…ありがとう…)

声にならない気持ちだけで見送った。

去って行く靴音を聞きながら、あの人のいる会社へはもう行けない…と思った。

気まずい状況で、これから先、彼と顔を合わせるのは難しい。
ましてや同じフロアで仕事なんて、やり難くて仕方ない…。

(…新しい仕事…探そう…)

もっと近くて、通勤時間が短い所。
見つからなければ見つからないで、バイトをかけ持ちすればいい。

(泰が社会に出るまで。それまでお金が稼げればいい…)


去ってしまった未来に、思いを馳せる。
あの人と過ごしてきた時間は、私の中の宝物。
これから先の未来でも、決して会えることのない大切な存在。

でも、絶対に手を取ってはいけない…。


「拓斗さん…名前で呼んでくれて…ホントにありがとうございました……」

見えなくなって、やっと名前が呼べる。
月曜日からはまた『マネージャー』
私は『結衣』じゃなく『佐久田さん』

寄り添わない人生の相手。
忘れられない…過去の人にする…。
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