『私』だけを見て欲しい
Act.3 オヤの顔
「ただいまー」


ディスプレイ変更から解放されて、職場を出たのが8時過ぎ。
そこから電車を乗り継いで、自宅に着くのは9時前。


(疲れた…)


通勤用のスニーカー脱ぎながらため息。
そこへ母がやって来た。

「おかえり。今夜も遅かったね」
「うん…急に仕事振られてね……泰(たい)は?」

「泰」と言うのは息子の名前。
フルネームは、佐久田泰良(さくた たいら)。
離婚前の苗字に合わせて名前をつけたから、「た」の音がかぶるのがキライだ…っていうような子。

「例によってこれ…」

手元でジェスチャー。

「またゲームやってんの⁉︎ 」

もうすぐ9時なのに…と、呟きながら部屋へ入った。


「ただいま。泰…」

「…っりー…」

おかえりの「り」だけ。
今日は声を出すだけマシな方。

「ゲームは8時までって、決めてるでしょ⁉︎ 宿題とか勉強、しなくていいの⁉︎ 」

帰ってすぐにこれもないと思うけど、親としてはやっぱ気になるから言う。

「…後からやる。9時までやらせて。もうすぐカタつくから」

いつもこう。
あと少し、もうちょっと…って、時間通りにやめたことなんてない。

「目が悪くなっても知らないよ。後で後悔しても遅いんだから!」

少し強めに念押し。
ちっとも効かないけどね。

「うるさいなぁ、ちょっと黙ってて!今、ラスボスと対戦中だから!」

親の顔見もしない。
これだから、腹も立ってくる。
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