『私』だけを見て欲しい
でも、今日からはウソをつく。
仕事を辞めるまで、あの人のことを忘れるまでウソをつく。

傷つきたくないから。
誰も傷つけたくないから…。


更衣室を出て階段を上がる。
すれ違う人達から「久しぶりね…」と声をかけられる。
マネージャーは相変わらず誰にも話してないみたいで、皆は私が体調を崩して休んでたと思ってるようだった。

久しぶりに上る階段で、膝が痛い。
一気に6階まで上がったら、少し息が切れた。

「ふぅ…」

小休止。
休み明けに加えて、体も鈍ってる。

コツコツ…と上がってくる足音にビクつく。
マネージャーだったらヤバい。
フロアに走り込まないと…。


「あっ…」

目の前にいる人に息を呑む。
上がってくる足音、マネージャーじゃなかったんだ…。

「お、おはようございます…」

いつものように挨拶した。

「おはよう」

向こうも同じ調子。
相変わらず、眠そうな顔。
今日は珍しく寝癖もついてる。

「…お休みさせて頂いてすみません。ありがとうございました。今日からまたお願いします…(辞めるまで…)」

最後の言葉は呑み込む。
話すのなら今だけど、できれば帰りにしたい…。

「こっちこそ。今日からまた頼む。お前がいないと、俺の仕事が増えて困る」

笑った。
…優しい眼差し。
この人のこんな表情を見てから、私はいつしか好きになってた。
相手も同じ気持ちでいることが分かってる。
でも、それを継続してはいけない…
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